ポタッ……ポタッ……ポタッ……
私は掴み持ち上げていた男子の首を離す。
地面に尻もちをついた男子の目には私に対する恐怖の色しか浮かんでいない。
身体中のあちこちから流れる私の血は鉄パイプやカッター、ナイフ、床を赤く染めた。
でも、ちゃんと気を付けたせいで血が着くと目立ってしまうジーパンには着かなかった。
知らない、と言いかけた男子の顔面を私は今一度殴ろうと拳を向ける。
ヒュッ!と言う音が顔面スレスレで止まる。
身の危険に震え上がった男子に私は後のことを言うように目で促す。
拳を顔面から遠ざけると、私は落ちていた黒い帽子を拾い被ってその場から去った。
途中のコンビニで包帯やガーゼ、絆創膏、湿布を買うと千代瀬高校に向かいながら手当をする。
今は昼休み…
なら、私服でもさっと行けば問題ないはず…
ふと窓に映った私の姿は想像以上のボロさで一人で懐かしさから笑う。
昔はよくこうやってボロボロになってたっけ。
そんなことを思いながら私は千代瀬高校に着くと、昇降口に向かう。
いきなり襲った不吉な予感に身を震わす。
何故か私は上を見た。
最初に目に入ったのは私の教室…2年B組の窓で何か運命的なことを感じて、昇降口に向かう足を止めてしまう。
そう思ってからの実行は早くて。
先生に怒られるなんてことは考えなくて。
駆られる衝動に従って私は校舎の溝に足をかけて一気に登った。
窓枠に着いて見たのは…
痛そうな顔をして人差し指を掴む颯斗だった。
榎本への殺意を"俺"は必死に抑える。
颯斗は…あの状態なら"折れた"より無理やり"外された"の方が近いからどうにかなる。
空閑柚稀を演じろ。
ちゃんと"私"を演じろ。
まだ早い、まだ…失敗してはいけない。
……"私"は息を吸った。
窓枠に座って、榎本を軽く睨む。
すると、視界の端にいた拓哉からの心配そうな視線が刺さった。
でしょうね、そんなの分かってる。
こんな面倒臭いこと言い合ってる時間が無駄だということに私は気付く。
だから、いつしか教えてもらった相手の考えを読む方法を使うことにした。
千代瀬周辺の地名を聞いていく。
すると、諷村と言ったところで微かに目が泳いだ。
詳しく聞くと今度は四丁目で目が泳ぐ。
ここだ、諷村四丁目。
私は居場所の確信に思わずニヤリと笑う。
窓枠に座っていたが、後ろに倒れる。
青い空から地面が見えた瞬間に手を伸ばして、雨を伝える様のパイプを掴むとそのまま遠心力の勢いでフェンスに辿り着く。
そして、そのままフェンスを乗り越えると私は諷村四丁目に向かって走り出したのだった。
目隠しに耳栓、何も見えない何も聞こえない。
何をしてたのか思い出せない。
何でここにいるのか全く分からない。
肌に当たる冷たい感覚は金属。
形からして鎖。
背中に柱があるから私は柱に鎖で拘束されていると考えるのが正解だろう。
喧嘩、しなきゃ良かったな。
ふとそんなことを思う。
あの時、もっと違う方法でアイツを助けることが出来たならこうはならなかった。
まぁ、アイツの正義感も強過ぎるけど……
状況が把握出来ないからどうしようもない。
今は何時だ?あれから何時間経ってる?
見えない誰かにボロクソにされて全身が痛い。
てか、飲まず食わずでめっちゃお腹空いた。
………早く"家"に帰りたい。
居場所を無くした私の帰る場所に。
今この間にアイツに何かあったら龍さんになんて報告したらいいんだろう。
居場所をくれたのに本当に申し訳ない。
その時、私のいる場所に風が吹き込んだ気がした。
音は聞こえないけど、感覚がそう言っている。
人の気配を近くに感じて私は覚悟を決める。
殴られるか蹴られるかと思っていたが、その人は何故か私の耳栓と目隠しを取った。
目の前が一瞬真っ白になる。
段々と黒が見えてきて、自分を締め付ける鎖の形がハッキリと見えてくる。
そして、前を向いた時にいたのは…
…傷だらけの手でピースする柚稀だった。
その姿はボロッボロで顔に黒い…黒の濃さ的に血だと思われる水が伝っている。
柚稀のおかげで南京錠が取れて何日もお世話になった鎖が体から離れる。
柚稀の後をついて行って、部屋を出るとそこには榎本の部下だと思われる奴が大量に倒れていた。
マジかよ……こいつら全部、柚稀が一人で…
敢えて聞くのはやめた。
柚稀の傷を見るに多分合ってるし。
心からのお礼を伝えると柚稀は驚いた。
一瞬立ち止まってそう笑った柚稀は再び歩き出す。
私はそんな背中を止まって見ていた。
友達の為にここまでする柚稀は凄いと思う。
本当に。
私はそう言うと、小走りで帰り道を調べながら先を歩く柚稀を追いかけたのだった…。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!