休憩の生徒が多くなる前にと早足で外へ。
人が多くいるところにいると、壁に屋上から下がる紐を腰に結んで校舎の壁に絵を描いている九鬼君の姿が見えた。
その下では柚稀が高坂さん達に捕まって、トークをしていた。
周りには沢山の人がカメラで有名人揃いの場所を撮影している。
コソコソと周りに聞こえないように喋るところが取材慣れしている感じがする。
あの二人の共通点と言えば、先週柚稀に連れて行かれたことくらいだ。
多分、柚稀の言う"午後"に関係あるのだろう。
沙羅がいきなり挨拶をしたので、顔を上げるとそこには雅と雪奈がいた。
今一瞬、桃香って言いかけたよね…
久しぶりに雪奈と会った…。
そう言えば、雅と雪奈は前の学校で元から仲が良かったんだっけ…。
過去の記憶が巡り、私は少し懐かしく感じた。
そこから沙羅と雪奈が気があったのか立ち話を始めてしまった。すると、暇だったのか雅が…
ライブ…
雪奈達と別れ、ステージ近くを通っていると徹が正面から歩いて来た。
そう言うと、徹の頬が少しだけ赤くなったような気がした。
後ろから走ってきた着替えた悠翔君が徹の肩をぽんと叩きながら、焦ったように言う。
とか何とか言っていると、本当にフードエリア方面から大量の袋をぶら下げる柚稀と楓が来た。
柚稀はあまり変わらないが、楓は風月モードだ。
こっちに気付いた瞬間、悠翔君と徹が文句を言いながら2人をステージへと連れて行ってしまった。
午後の部。
人がさらに多くなると思っていたが、そこまで多くはならなかった。何故なら…
こりゃ、明日は声出ないんだろうなぁ…
「最後までありがとうございましたー!!」
ライブ終了の声が聞こえたのは夜7時。
外は真っ暗なのに会場の熱気は収まらない。
暗くなった会場には観客のアンコールの声がずっと響いていた。
沙羅が私と潤の手を取り、走り出す。
辿り着いたのは屋上でステージ上まで見えた。
ちょうど始まった暗い会場に響く声。
柚稀の声と同時に学校全ての照明が落とされた。
上にあったのは無限に広がる星空だった。
暗くても沙羅の目が輝いているのは分かった。
これから起こることを楽しみにしているんだ。
満場一致の答えに「ピンポーン」と言うと、ステージ上にスポットライトが2人の人物を照らしだし、会場から歓声が上がった。
それはInfinity劇団で使った衣装を着てギターを持つジョバンニの悠翔君とカムパネルラの柚稀。
あの劇と全く同じ声色に変わった役者2人に会場の熱気が高まる。
学校敷地内で唯一光るスポットライトがジョバンニとカムパネルラを照らす。
あとは空に光る星達の光だけ。
2人が作った曲は1番がゆったりとした鉄道の走り始めで、2番が勢いのついたテンポのいい曲だった。
何でそんなに輝いてるの…。
みんながあの2人に惹かれる中、私は1人でそんなことを思いながらフェンスを握る手に力を込める。
最近になって私は気付いてしまった。
人の幸福を素直に喜べなくなってることに。
人の不幸は蜜の味だと思うようになってることに。
ステージ上に立って輝く2人が何か嫌だ。
決して私が立ちたいわけではない。
でも、どうしても、輝いて欲しくない。
…特に全ての才能に恵まれている柚稀には。
それが妬み?嫉み?そんなの分かってる。
分かった末で嫌。
早くどうにかしないと……
ストレスで、ストレスで、ほんと堪らない……
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!