弥生と別れた私は映画出演がついさっき決まった徹を追いかけ、話しかけに行った。
私の言葉に徹は曖昧な表情を浮かべる。
昨日、Infinity劇団の入団テストの結果通知が届いたがそれは不合格を知らせるものだった。
お姉ちゃんに聞いたら「百何十人も応募してくれたけど今回の合格者は1人だけだった」って。
さらに聞くとそれは同い年、こっちとしては悔しいの他に思うことがない。
徹の口から出たのは消えた神童、黒崎錬。
頭脳、運動、礼儀…全てにおいて小学生ながら大人に勝る全知全能と呼ばれた少年。
小4の時に同級生が自殺未遂したことからいじめが発覚、それでも活動を続けたが小学校卒業と同時にテレビから消えた。
確か、同時期に皇唯我も…
つまらなそうに周りを見る徹の目は何処かたまに見る柚稀ちゃんの目と重なった。
入学して凌久繋がりで仲良くなって、その後に聞いたから小4の時に徹の両親が離婚したってことは知っていた。
徹の精神的ダメージってその離婚のこと…
手に丸めて持つ台本を軽く叩き、微笑む徹。
滅多に笑わない徹が微笑むなら相当柚稀ちゃんの劇を気に入っている。
私はそう言うと、早足でその場から離れた。
黒崎錬君は男役も女役も演じてたが、どっちの役でも声まで変えてたから違和感はなかった。
あのカムパネルラを見たら柚稀ちゃんは男声も出すことが出来る両声類…
黒崎錬君が本当は女の子であの頃は声と性別を偽っていただけだとしたら?
中学生になってからは黒崎錬君がどうなったかなんて噂、一度も耳にしたことがない…つまり、周りが見た目で判別つかないくらい変わったってこと。
それなら、1番みんなが疑わないのは性転換。
まさかあの黒崎錬君が実は女の子だったなんて誰も思わないはず。
いける、落とせる。
突然やってきて私から倉科君を奪ったあの女を。
落とせなくても倉科君を私のにすることは出来る。
私は入学…いや、中学の時から他校だったけど倉科君のことは知っていた。
男バスの試合の応援について行った時、たまたま相手校が倉科君のところで私は一目惚れした。
シュート率は高いし、ドリブルもディフェンスも何でも上手いし、とにかくかっこいい!
その後の試合も頭から出血するくらいの大怪我したのにまだやるって言ってベンチの子に最大限の処置をしてもらって出たかっこよさ。
見た目によらない負けず嫌いがまた良すぎる。
で、バスケの高みを目指すなら千代瀬高校って思って私も猛勉強して、一緒になってバスケ部なって嬉しかったのに……先輩が邪魔すぎた。
倉科君は普通にモテた。
燎君といたらさらにまとめてモテる。
先輩も倉科君達は甘やかして絡みに行く。
邪魔で邪魔で仕方ないけど、逆らうようなことしたら私の地位が下がっちゃう。
お姉ちゃんの名も借りて地位を上げてるし。
学年で1番彼女にしたいランキングでいつも1位だったからその順位を下げるわけにもいかない。
正直言って、引退した先輩はほとんどが頭が悪い。
だから、本来ならウィンターカップまで目指すけど、もう引退して大学受験に向けて必死。
私達の代はきっとウィンターカップまで行くんだろうけどね。
1学期の終わりに邪魔な先輩が消えて、私は実力とお得意の愛想良くのおかげで部長に。
倉科君は実力だけで部長になった。
部長会とかも一緒に行けるから、倉科君との2人きりの時間が増える!やった!
…………って、思っていたのに…!
2学期の初日、遅刻してやって来た転校生によって私の予定は全て崩された。
あの燎君がわざわざ頼みに行って、最初っから下の名前で呼んで、最後は倉科君と久しぶり再会?
あんなの驚き以外何もない。
キツイことで有名な千代瀬男バスマネージャーに自ら入って初っ端から全員抜き。
負ける倉科君を私は見たことがなかった。
もちろん、あんなに悔しそうにする倉科君も。
シュートのフォームを教える時に倉科君の体を何回も触っていたのは悲鳴をあげそうになった。
…でも、上手いのは事実でしかない。
気付けば男ウケの良い柚稀ちゃんに私のランキングが抜かされていた。
瑞稀さんの病死で精神的ダメージを受けてる時に起きたあの不思議な事件で柚稀ちゃんは倉科君に責められて辞めるって言って私は喜んだ。
周りの女子からいじめられている光景はさらに笑えるもので私の予定が戻ると思っていた。
なのに、最後は倉科君が止めたって…。
何となくは知ってたし、噂にも聞いたことがあった。
でも、そのことを信じたくなかった。
倉科君が小学校の頃からずっと柚稀ちゃんのことが好きだった、なんて。
この一件とその後の倉科君の態度からあぁ、あれはデマじゃなくて本当なんだって、私じゃ柚稀ちゃんの代わりにはなれないんだって、思い知らされた。
ずっと私は倉科君を見てきた。
他の中学校ではあったけど、試合って知り合いから聞いた時はどんな用事があっても倉科君の試合を見に急いだ。
目に留まるようにバスケの練習も更に頑張った。
美容にだって気を使って、頭も良くなった。
なのに……なのにっ!
化粧は一切無し、オシャレする気も無し、授業中はほぼ昼寝、遅刻はするし、父親の漣和久さんのことはクソジジイ呼ばりする。しかも、倉科君のことが好きなのかも分からない。
……でも、誰にでも優しく、勉強は完璧で、運動も完璧で、だけど何が出来ても高飛車にならない、そして何よりバスケを愛してる。
倉科君が選んだのはそんな子。
それでも、私は倉科君の隣に立ちたい。
柚稀ちゃんを嗤ってやりたい。
だから……柚稀ちゃんが黒崎錬君だということに賭けて倉科君に付き合うよう脅す。
それで私はあの子に勝ってやる…。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。