柚稀が熱を出して倒れた放課後。
全く止む気配のないザーザー降りの雨の中、絶交宣言をした俺は"漣"と書かれた表札の家の前に傘を差して立っていた。
帰る前、俺は琉希に呼ばれ、ガチ切れされた。
琉希は本気で怒っていて、殴り掛かりたいのを抑えているようにも思えたほどだ。
キレた原因はここ最近の俺周りの関係で多分、柚稀が倒れたことが引き金になったのだろう。
かなりボロクソに言われ、最後は…
「苦しくさせるなら一生近付くんじゃねぇよ。」
…って。
他にもまだ言いたそうだったけど、俺が聞きたくなくてその場から逃げた。
何処に行くか考えず、気付いた時には今の場所。
会うことが出来そうだったら少しだけ…
インターホンを鳴らして少し待つと、扉が開いて中から柚稀の弟である悠翔が顔を出す。
悠翔が快く家の中に入れてくれ、俺はリビングへと案内される。
よく考えたら、初めてこの家に入ったな……
庭から回って、柚稀の部屋の窓のところに行くことは何回もあった。
でも、中に入ったことは無いし、部屋もカーテンが閉まっていることが多くて知らない。
椅子に座りながら表情を曇らす悠翔。
悩むように頭を抱えるが、スグに顔を上げる。
『誰もいない一人の部屋でずっと兎に話しかけてたから何か気になった。』
小学校の頃、颯斗に柚稀を連れてきた理由を聞いたらそう答えたことがあった。
飼ってる兎なら特に何も思わないけど、それがぬいぐるみとなれば話は別だ。
悠翔は困ったように溜息を吐いて、再び下を向く。
言われた通りに行くと、1番奥の扉の前に着く。
扉の前にいるだけなのに何か重苦しいものを感じ、俺は開けるかを悩むも思い切って開けた。
すると…
明るい部屋の中、ベッドによっかかりながら柚稀は兎のぬいぐるみと会話していた。
普段とは違って下ろされた髪は床に着き、紺に近い青の瞳はぼんやりと兎を見ている。
俺が名前を呼ぶと柚稀が黙り、横目で俺を見る。
その目には感情が全く無く、初めて会った時を思い出した。
しばらく動かなかった柚稀だが、何か思いついたのか俺の方を向くと兎を俺に向けて持ち、俯いたまま手を動かし始める。
そう言い、柚稀が動かす兎は首を傾げた。
手をパタパタと動かしながらそう俺に尋ねる。
繰り返される質問。
柚稀は俯いたままで兎だけが元気に動く。
俺は回答を探しながら部屋に入り、扉を閉めた。
そして、柚稀の向かいに座ったところで俺は答えを口にする。
柚稀はずっと下を向いている。
前髪で顔色をうかがうことが出来ない。
でも、何となく。
何となくだけど機嫌が悪いことだけは分かった。
腕を下ろして柚稀の膝の上に座る兎は黙る。
10秒ほどの沈黙の後に兎は再び動き出した。
すると、兎から柚稀の手が離れる。
顔を上げた柚稀は俺の目を見てそう言った。
俺を見ているその目には何も映っていない。
ただ黒と青だけが俺を見つめる。
『また…いつか遊んでくれる?』
『当たり前じゃん!何回でも遊ぼ!ね、拓哉?』
『うん。何回でも会えるよ。』
『本当?消えたりしない?』
『しないしない!俺も拓哉もずっといる。』
『中学は違うけど、高校が同じなら ───── 』
卒業式の後を思い出して言葉にする。
『毎日、この3人で笑おうよ。』
兎のぬいぐるみで遊びながら柚稀は昔みたいに笑う。
柚稀がそう言うと、兎は跳ねながら両手を上げてバンザイをしていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。