第21話

苦しい
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2022/01/24 12:37
“ド”が聞こえた。

ピクリと鼓膜が反応して、視線を上げる。

音楽室の方から聞こえる音にもう一度耳を傾けるが、今度は何も聞こえてこなかった。


無意識に音楽室へ向かうと、ピアノの前に座っている人影が見えた。

「蒼、くん…」

なんとなくわかっていたのかあまり驚かなかったけれど、足に変な力が入って動けなかった。

“ド”

もう一度聞こえてきた音。それはただ音を鳴らしているだけである音だ、

蒼君はゆっくり息を吸い、今度は両手で…





バチンッ

「何回目?」

「5、かい、め…」

「違うでしょ、6回目よ。自分の間違えた回数を覚えてないなんて上達する気がないのかしら?」

「ちがっ」

「黙って、いいからやりなさい。あと2回よ。2回間違えたら今夜はお庭で寝なさい」

「っ…」

やだ、やだ、やだ、真冬に庭で寝たら私凍え死んじゃうよ。

何度も感じた死の予感。

もう2度と外で寝たくないと、何回も練習をしたのにどうして上手くならないの?

「やだ、…よ」

「お庭で寝るのが嫌なの?だったら来なさい」

ガシッと胸ぐらを掴まれ引きずり、お母さんはお風呂場へ私を連れて行った。

「こはっr…」

近くで震えて引きづられる私を見ている小春を掴もうと手を伸ばすも届かない。

「助けて…こはっう」

不意にお母さんが私の髪を掴み冷水の中に頭を押し込んだ、絶対に顔を出せないよう抑え続けた…


助けて…

誰か、助けて…




泣いているのかいないのか、顔に当たる冷水のせいでわからない。

息ができない。

鼻から水が入り痛い、痛い…痛い?

わからない。

酸素が脳に行かず頭がガンガンと痛む。それは冷水の所為?それともたくさん泣いたから?

どっちでもいい。

肺のあたりが苦しい、もうこのまま…死んでも



ガバッ


「ひゅはぁ、ヒュはぁ、ぐはっはぁうっ…」

死を覚悟したところで、顔を上げられる。

ガンガンと頭が痛い、鼻が痛い、意識が遠のく…


「しっかりしなさい、さっさと練習に戻るわよ」


顔をタオルでゴシゴシと拭くと、私はピアノの前に戻された。

まるで何もなかったかのように地獄のレッスンが再開する。


一音でも間違えたら…





ガタンッ…


全身が強張った。

でもなぜだか力が抜けて、気がついたらしゃがみ込んでいた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…うっ」

急に思い出した過去に今更ながら吐き気がする、気持ち悪い。

ぐらぐらと視界が歪む、息が…



「夏乃?おいお前…何して、」


私は体を支えていられなくなり、その場で倒れた。

私がいることに気が付き異変を感じたらしく、蒼君は私のところへよってきた。

最悪、何でこいつの前でこんな姿見せなきゃいけないのよ。


ぎゅっと目を閉じた。

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