「蒼君、ピアノ上手なんだね…」
既に学校に来ていて机に突っ伏していた蒼君は、私の声を聞くと驚いて顔を上げた。
「聴いてたの?」
蒼君は眉間にしわを寄せて言った。
「聴いてたって言ったら怒るの?」
蒼君は少し肩の力を抜いて「いや、別に…」と首を振った。
次第に小さくなっていく蒼君の声に私は不信感を抱き、重ねて質問をした。きっとこんな事聞いたら嫌われるんだろうなと思っていたけれどどうしても聞かずにはいられなかった。
「ピアノ、好きなの?」
あぁ聞いちゃった、蒼君怒るかな。
私は蒼君の隣にある自分の席に鞄を置いて、ゆっくりと椅子に腰掛けた。
「嫌い」
予想通りの返事が返ってきて私はほっとため息をついた。
「ピアノなんて嫌いだから、弾いていても楽しく無いし」
蒼君は意味ありげの表情でイライラしたように言った。
気持ちは凄くわかる…
「私もだよ…ピアノのせいで音楽が嫌いになった」
私はそういうと失言をしてしまったと思い、思わず口に手を被せた。
今まで隠していた自分を蒼君の前で見せてしまうところだった…こんな自分いらないし必要ない。
笑わなきゃ、こんな暗い話してたら嫌われる。
私は必死に笑おうとして目を細める。
「お前のそう言う控えめな顔、俺嫌いだから…」
蒼君はそれだけ言うと立ち上がり廊下へ出ていってしまった。
私は膝の上に乗せた自分の手をじっと見つめた。
制服が擦れてヒリヒリと痛む右手首を優しく撫でて、ため息をつく。
「最近ため息ばっかだなぁ」
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。