「ほら、走れよ!」「お前どっちの優勝に賭けた?」
「もう試合、始まってるってば!」「早く早く!」
生徒達の賑やかな声が城内の至る所から聞こえてくる。
あれから1週間が経ち、今日は今シーズン最後のクィディッチの試合の日。そして、私達の記念日"だった"日。
あの日から、今度は私がオリバーを避けるように生活し
同じ学年、同じ寮にも関わらず彼とは言葉を交わさなかった。勿論今日だって、私は応援に行くつもりは無い。
私の応援がなくたって、きっとグリフィンドールチームは優勝するに決まってる。それに、私が応援に来ているのを見つけたら、オリバーも気まずさから集中出来なくなってしまうかもしれない。もうこれ以上、彼の足は引っ張りたくない。
そう思いながら、落ち着かぬ自分の心に気が付かない振りをして、私は本を開き文字に視線を落とした。
どれくらいの時間が経っただろうか。集中出来ていないせいか、大して読み進んでもいない本のページを捲りながら、私は小さな溜息を零した。
するとその時、競技場から戻ってきたであろう生徒の声が耳に入った。
そんな会話をしていた2人のレイブンクロー生は、私に気がつくと「何してるの?」の不思議そうに首を傾げた。
その言葉を聞き、私は空いた口が塞がらなかった。
グリフィンドールとスリザリンはよく競った試合をしているが、そんなに点差を付けられる事があるなんて…
"信じられない"その一言に尽きた。
そう言った私は、二人の間を通り抜け
気が付けば、競技場の方へと向かっていた。
試合は、丁度スリザリンチームに点を入れらている所で、会場にはスリザリン生の大きな歓声が響いていた。
ゴールを守れなかったオリバー。いつもの試合なら酷く悔しそうな表情を浮かべているのに、今の彼は何処か諦めているような…そんな冴えない顔をしていて、それを見た私には、不思議と怒りの感情が芽生えていた。
グリフィンドールの応援塔に向かった私は、多くの生徒の中を掻き分け、最前列へと向かった。すると、そこにいたロンとハーマイオニーに声をかけられる。
ハーマイオニーは兎も角、ロンは殆ど優勝を諦めているようで若干つまらなそうに頬杖をついていた。
そんなロンに、私は「これ持ってて」と半ば強引に持っていた本を押し付けると、観客席から若干身を乗り出しめいいっぱい息を吸い込んだ。
私が彼の名前を呼んだ瞬間、その場にいたグリフィンドール生の視線が私へと集まった。呪文は使っていない。それでも甲高く響いた私の声は、オリバーに届いたらしく、キーパーをしていた彼も驚いた表情を浮かべながら、私に視線を向けていた。
腹が立った。記念日の話をする間もなく練習していた彼が、優勝を諦めているように見えて。必死に練習していたのに、その実力を半分も出していないように見えて。
彼が、クィディッチを楽しんでいないように見えて…
だから気が付けば、考えるよりも先に叫んでいた。
周りからすれば滑稽なのだろうけど、そんなのどうでもよかった。彼にさえ私の言葉が届いていれば。
私の大声が空へと消えていく最中、スリザリンチームのチェイサーが、再びクアッフルをゴールへ投げた。
その瞬間、オリバーは先程とは打って代わって機敏な動きを見せ、箒を器用に使いながらゴールを守った。
「ウッド選手見事です!!」というリーの実況が会場に響き、グリフィンドール生の歓声が後を追うように広がった。その光景を見た私は、さっきまで怒っていた筈なのに、何故か無意識に頬を緩ませていた。
歓声とブーイング。それが幾度となく繰り返され、開いていた点差が縮まっていく最中、遂に金のスニッチが、選手の手によって掴まれた。
ハリーが捕まえたスニッチを天高く掲げた瞬間、辺りには割れんばかりの歓声が響き渡り、グリフィンドール生は観客席が壊れるのでは無いかと思う程、激しく飛び跳ね、抱き合い喜んだ。
選手達も、地上に降り立つよりも先に箒に乗ったままハイタッチやハグを交わし、教員席にいたマクゴナガル先生も遠目で見て分かるほど喜んでいた。
ハーマイオニーが満面の笑みでそう言いながら、私に強く抱きつく。そんな彼女に「えぇ、そうね…」と微笑んだ私は「もう行かなきゃ」と言ってから、逃げるように競技場を後にした。
試合が終わってから1時間もしないうちに、見える世界は闇に包まれた。心地の良い風が頬を掠め、今頃グリフィンドール寮はお祭り騒ぎだろう。なんて思いながら、私は天文台の塔から城を静かに眺めていた。
試合の後、すぐにあの場からいなくなったのは極力オリバーと顔を合わせない為。あの時はつい必死になって叫んでしまったが、叫ばれたオリバーの身になれば、彼に良くない思いをさせてしまったかもしれない。と優勝を見届け少し冷静になった私は、寮にも戻らず天文台の塔に避難してきたのだ。
誰にも聞かれることの無い独り言をボソッと呟く。
"優勝して良かった"ずっと彼が願っていた事が叶って。
彼の夢が叶い、嬉しいはず。それなのに、私の心は再び得体の知れない何かに、強く締め付けられた。
胸を強く抑え、唇を噛み締めた瞬間…階段を駆け上がってくる音と共に「あなた…!」と名前を呼ばれた。
振り返った先には、未だクィディッチのユニフォームに身を包み、僅かに息を切らしたオリバーが立っていた。
会いたくない。会ってはいけない。
そう思っていた筈なのに、微かに目頭が熱くなる。
私はそれを誤魔化す様に、直ぐに彼から目を逸らした。
オリバーはそう言い、私の事を真っ直ぐ見つめた。
クィディッチをしている最中とは別の、真剣な表情。
そんな彼の表情に、3年前の告白された日の事を思い出し
私は再び、彼の瞳から視線を逸らした。
オリバーは一際大きな声で私の言葉を遮ると、私へと1歩近づいた。そんなオリバーに、私は逸らしていた視線を思わず彼へと向けた。互いの瞳に互いが映り込む。
そう言い、ポケットから小さな箱を取り出したオリバーは、それを私に差し出し「開けてみて」と告げた。
あまりにも予想外な展開に、私は動揺しながらも 彼から受け取った小さな箱をゆっくりと開けた。
そして、その中に入っていたのは綺麗な"指輪"だった。
月明かりに照らされ、キラリと光る指輪を前に、私は言葉を失った。鼓動は自分の耳に届くほど煩く鳴り、箱を握る私の手は微かに震えていた。
そう言ったオリバーの声は、柄にもなく震えていた。
そんな中「でも、もし…」と言葉を続けた彼は、箱を持っている私の手を包み込むように握った。
オリバーはそう言いながら、私の手を握る力を強めた。
暖かな彼の体温が、より一層深く伝わってくる。
「ごめん」と再び弱々しい声で彼は謝罪の言葉告げた。
何から言えばいいのか分からなかった。記念日を蔑ろにされたと思い悲しくなって…今日の試合の事で怒って喜んで…また、寂しさを感じてたら"指輪"を渡されて、彼が私と記念日の話を避けていた本当の理由を知って…
正直、整理しようと思ってもしきれない。
渦巻いた感情は直ぐにどうにかできるものでもない。
ならまずは、目の前の事から…
オリバーは平気そうに振る舞いながらも、悲しげな表情を浮かべると、私の手から自らの手を離した。
その時、私は直ぐに彼の手首を掴み「そうじゃなくて」と彼の瞳を見つめながら言葉を続けた。
そう言いながら、私は少しだけ悪戯に微笑んだ。
私の言葉を聞いたオリバーは、驚いた様に目を見開き、口を少しばかり開けたままその場に立ち尽くしていた。
そんな彼を急かすように「言ってくれないの?」と首を傾げてみる。するとオリバーは、ハッとした表情を見せ私の手の中にある箱を取ると、私に指輪を見せながら、軽くその場に片膝をついた。
私からの返事を聞いたオリバーは、私の左手の薬指に指輪を嵌めると、直ぐに私の事を強く抱き締めた。
ふざけ混じりに私がそう言った後「うん…」と呟いたオリバーは、更に強い力で私の事を抱き締めた。大好きな彼の香りに全身が包まれ、ドクッ…と心臓が強く高鳴る。
私の体を名残惜しそうに離した彼は、私の事を少しの間見つめた後、そのまま唇にキスを落とした。
触れるだけの優しい口付けをし、ゆっくりと唇を離す。
そう言った私達は、互いに見つめ合ってから再び触れ合うだけのキスをした。だが、最初は触れるだけだったキスも、何度か角度を変えリップ音をたてるうちに、甘く深いものへと変わっていった。
優しくも噛み付く様な彼のキスに、徐々に力が抜け
彼に流されるまま、私は近くの椅子へと腰を下ろす。
その瞬間、僅かに唇が離れた時を狙い、私はオリバーの胸に手を当て「待って」と彼の動きを制した。
含みのある笑顔を浮かべた彼は、ユニフォームの紐を解きながらそう言い、苦しい程の長く激しいキスをした。
静かな夜空の下で響く、2人のリップ音と乱れる呼吸。
月光が、私達を繋ぐ透明な糸を僅かに照らしていた。
結局、私達が寮に戻ったのは日付が変わってからの事だった。それに関し、オリバーがあの双子に問い詰められたのは、言うまでもないだろう。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。