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第1話

むかーしむかしのあるところ
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2021/03/18 21:53

「勇者様!!もう無理です!逃げましょう!」



魔王城の最上階。そこに悲惨な叫びが木霊する。豪奢なシャンデリアは落ち砕け、ステンドグラスの窓はガラスの破片が牙を向いていた。


「ダメだっ……!!ここは俺が食い止めるからお前らは逃げろっ!!」

青年の御身はボロボロになりながらも、聖剣を手に魔王に立ち向かう。

元々4人で魔王城へ参じたはずが、1人は死亡。2人目は薄情に逃亡。3人目の聖女はただ見ているだけのお荷物だった。
腰が抜けるとでも言うのだろうか。骨が砕け散る勢いで聖女は崩れ落ち絶望の眼を向けている。


勇者の青年は立っているのが不思議な位負傷しており、もう太刀打ち出来る術は無い。


「お前らは穢れなき魔界に足を踏み入れ、あまつさえ王城にまで攻め入るとは言語道断。前者だけならば半殺しで許していただろうに。」
魔神の乾いた唇がボソボソと動く。
機械的にうつ魔砲撃は青年の足にあたり、手にあたり、胴にあたり、肺に溜まった血液を吐き出した。


「……ッ、まだだ、、ヒュ…ヒュッ」

勝敗は魔王軍の圧勝。

青年は倒れた。血と涙で視界が霞みどこが上でどこが下かもわからない。

体は酸素を吸う余裕すら無かった。
末端から細胞が壊れていく音がする。


青年はようやっと、、「勇者」という重い荷を降ろしたのだった。



先程の魔神がブーツの音を響かせこちらへやって来た。

青年は乾いた喉を振り絞り聞いた。

「お前が、、っ魔王か………?」

血で滾った目は一瞬冷静さを取り戻し
「違う。」



魔神は平静な蒼眼を瞬きさせる
「魔王はあっちだ。」



青年の頭上には一人の男がいた。



「勇者さん?大丈夫?死んじゃう?」
真っ赤な外套を羽織った男が青年の頬をペチペチと叩く。

『魔王』と呼ばれた男は、青年の茶髪の髪を撫で遊んでいる様子だ。


青年は諦めの表情を浮かべ、霞む視界に最後の世界を認識した。

死まで 10、9、8、7、5、4……、、

「ねぇ勇者さん。勇者さんは死にたくないん?それとも、生きたいん?」
魔王は真っ直ぐと青年の心を映す。


死にたくないのと生きたいのと、何が違うんだ。
青年は心底そう思った。


けれども、宵闇に包まれるはずだった翡翠の瞳は悲痛な叫びをあげた。
血で染まった頬に雫が垂れる。


死にたくない。このまま消えて忘れられたくない。
生きたい。まだやりたい事がある。



「ッいき、、たッ…ぃ」


心臓は最後の一仕事を終える所だった。
もうちょっとで楽になれた。

なのに、なのになのに…!
死に損ないには、、なりたくなかったのに……。


死まで 3、2、1……



魔王は死体とも等しい青年の前で、赤い外套を翻し戯言を呟いた。

「君が生きたいのならば囁かな生をやろう。その代わり、僕の幼稚なお遊戯に一生付き合っておくれ。」

魔王は割れ物でも触るかのように丁重に青年の額にキスをする。

あと一息で終わってしまう青年の命は、文字通り奪われてしまった。唇から吐き出される光は、浮世の者とは思えないほど尊く仄めく。

具現化した魂が魔王の手の中で宝石のように輝いて、仄かな温かみを帯びている。


「ふふっ、暖かいなぁ…。綺麗な翡翠色や。」

魔王は子供のように、光を手で覆い隠す。
誰にも自分の宝物を見られないように。



背後に控えていた青髪の魔神が退屈そうに息を吐いた。
「はぁ…。せっかく俺が殺したのに、その男生かすの?」

「まだ死んだわけやないでしょ。そらるさんはカリカリし過ぎですよ。」


魔王はパンっと手を鳴らし、「勇者さんの死体はちゃんと保管しといてなっ?」と、大広間の片付けに来ていた使用人に言い、最後に「あ。あとその隅っこにいる人間は逃がしといてな。もちろん二度とこんな所来うへんようにしっかり痛めつけてから。」


隅で震える聖女はその言葉に恐怖を募らした。


「さて、あの女はアイツらに任すとして。そらるさんこの後ご予定は?」


聞き覚えのあるため息がまたひとつ。


"そらる"という魔神は肩をすぼめ、
「ふんっ。暇だから立派な勇者様の蘇生でも手伝ってやるよ。あほの坂田さん」

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