第7話

家族の帰宅
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2023/08/18 10:18
狩野なつめ
狩野なつめ
お母さん!
急いで玄関へと走って、
しっかりと掛けていたドアチェーンを外す。

ガチャリ。

ドアを開けると、そこに立っていたのは
紛れもなくお母さんと弟だった。
狩野なつめ
狩野なつめ
よかった、生きてたんだ!
お母さん
……
翔平
……ゥゥゥ
狩野なつめ
狩野なつめ
え?
お母さん
ゥガァ!
突然獣のように咆哮し、
私へと襲いかかってくるお母さん。
狩野なつめ
狩野なつめ
きゃあ!
ドンと玄関の壁へと押し付けられ、頭が真っ白になる。

よく見るとその口からはヨダレが垂れ、
目の焦点は合っていない。

目立った外傷はないけど、
腕に小さな噛み痕と青白い肌。

その姿はまるで──。
狩野なつめ
狩野なつめ
そんな……お母さん!私だよ、なつめ!
娘のなつめだよ!
お母さん
……
そう呼びかけても反応はない。
翔平
ゥゥウ!
壁に押さえつけられ、動けないでいる私に
弟の翔平が駆け寄る。
狩野なつめ
狩野なつめ
翔平?
翔平
…ゥァ!
私の腕に噛みつこうとしている様を見て、
翔平も手遅れだということがわかった。
狩野なつめ
狩野なつめ
やめて!
慌てて腕を引いて悲鳴をあげる。
2対1、確実に不利だ。

人間だった頃の習慣が抜けないゾンビもいる。

だからお母さんと翔平は家に帰ってきたんだ……。
涼太を見て、その習性に気づいていたはずなのに
私は本当にバカだ。
狩野なつめ
狩野なつめ
……やめてってば!
お母さん
ゥウウガァ!
狩野なつめ
狩野なつめ
いやあ!
お母さんの口が大きく開き、鋭い牙が見える。
私は襲ってくる痛みを覚悟して、
ぎゅっと目を瞑ることしかできなかった。
周央涼太
周央涼太
……ゥァ゙!
次の瞬間、涼太の声が聞こえたかと思うとお母さんは
玄関の外へと投げ飛ばされ尻もちをついていた。

続けて涼太は翔平を私から引き剥がして
玄関の外へと突き飛ばす。

ハッと我に返った私は、慌ててドアを閉める。
ドンドン!と外からドアを叩く音が聞こえ、
すかさず鍵を閉めた。

大きく息を吐いて、やっと涼太が
私を助けてくれたことを認識する。

狩野なつめ
狩野なつめ
どうして
周央涼太
周央涼太
……ァ
狩野なつめ
狩野なつめ
どうして涼太はゾンビなのに
私を助けてくれるの?
周央涼太
周央涼太
……ァ゙?
やっぱり涼太だけは特別だった。
お母さんと翔平は、私のことを
一切覚えていなかったのに。


ただ「獲物」を見る目で、襲いかかってきた。
狩野なつめ
狩野なつめ
私、大事な人を失くしちゃった
家族だったのに……
外からドアを叩く音が、頭の中にガンガンと響く。
だけど、このドアを開けることはできない。
狩野なつめ
狩野なつめ
ごめん、ごめんね
ここは開けられないの
……お母さん、翔平、大好きだよ
ドア越しにお別れを告げた。
でもきっと2人にこの言葉の意味は届いていない。

そう言えば、とお母さんの口癖を思い出す。
お母さん
なつめ。大切なことは
生きているうちに言わなきゃ
意味がないのよ。わかった?
私がまだ幼い頃、お父さんが病気で亡くなった。
それ以来、お母さんはその言葉を口癖のように繰り返していたっけ。

今になってやっと分かった。
その言葉には、お母さんの後悔の念が滲んでいたんだ。
狩野なつめ
狩野なつめ
バカだな、今になって気付くなんて
もっと早く大切な人には
「大好きだよ」って伝えて
おくべきだったのに
涙がじわりと滲んだ。

狩野なつめ
狩野なつめ
お母さん……翔平……
やだ、やだよ
私を置いていかないで
ずっと希望を捨てずに我慢していた涙が
溢れ出して止まらなくなる。
狩野なつめ
狩野なつめ
やだよ、やだ……
嗚咽混じりの自分の声が、さらに悲しみを呼んで
その場で泣き崩れてしまう。

すると私を心配するかのように
涼太が目の前でしゃがみこんで
自分の袖でぐっと顔を拭ってくる。
周央涼太
周央涼太
……ゥ
周央涼太
周央涼太
……ん
きったねえ顔
それは昔、ぶっきらぼうに袖で
涙を抜き取ってくれた彼と重なって見えて───。
狩野なつめ
狩野なつめ
慰めてくれるの?
周央涼太
周央涼太
……
相変わらず何も答えてくれないけど、
私は涼太に思わず抱きついた。

そしてその日、
私は彼の腕の中で子どもみたいに声をあげて泣いた。



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