第5話

2人で逃避行
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2023/08/08 09:23
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太……
もしかして私がわかるの?
少しだけでも自我が残っているなら、
名前を呼べば元に戻るかもしれない。

かすかな希望にすがって、彼の名を繰り返す。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太、涼太……
ねえ、涼太私だよ、なつめだよ
周央涼太
周央涼太
……
だけど、相変わらず目の焦点は合わない。
彼は少し首をかしげるだけ。

ゾンビになった影響で、
知能や言語機能が低下しているのかもしれない。
狩野なつめ
狩野なつめ
やっぱり駄目なのかな……
とにかく、ここを出なきゃ
そう言って起き上がると、彼は私の隣に立った。
のろのろと廊下を徘徊していたゾンビたちが
こちらに顔を向ける。
男子生徒?
ぅ…ガァ…?
狩野なつめ
狩野なつめ
あれ?やばい
こっち来てない?
私がまだ人間であると気づいたのか、
複数のゾンビたちがこちらへと向かってくる。

するとゆっくりと目の前に立ちはだかった涼太が、
小さく唸り声をあげた。
周央涼太
周央涼太
ぅぅ…う゛
まるで、こいつは俺の獲物だと言わんばかりに
威嚇している。

それに怯んだゾンビたちはずず…と後退っていく。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太……
ありがとう
無意識の中でも、私を守ってくれる彼。

涼太はいつもそうだった。
ゾンビになっても、そこだけは変わらない。
狩野なつめ
狩野なつめ
守ってくれてるわけじゃなくて
非常食だったりして?
私の目の前で威嚇している涼太にポツリと呟くと、
彼は小さく首をかしげた。

狩野なつめ
狩野なつめ
それでもいっか
涼太、行こう!
私は彼の冷たくなった手を握って、
まだ威嚇している彼を引っ張って歩く。
狩野なつめ
狩野なつめ
とりあえず一緒にここを出なきゃね
私、まだ諦めてないから




───1年2組の教室前。

 かつての私達の教室だ。
でも今ではバリケードに囲まれた
避難場所になっている。
狩野なつめ
狩野なつめ
そうだ、ちょっと待ってて
周央涼太
周央涼太
……
涼太の手を離して閉じられたドアを小さくノックする。
すると、中から怯えた声が聞こえてきた。
男子生徒
ひっ!だ、誰だ?
狩野なつめ
狩野なつめ
さっき通りかかった者です
大丈夫ですか?
男子生徒
お前、生きてたのか
狩野なつめ
狩野なつめ
はい。あの、よければ一緒に逃げませんか?
このまま教室に立てこもっていても
餓死しちゃうし……
狩野なつめ
狩野なつめ
それに冬の学校は寒いでしょ?
凍死しちゃうかもしれない
男子生徒
し、知るか!!
そんなの罠に決まってる!
私の提案を大きな声ではねのける男子生徒。
狩野なつめ
狩野なつめ
罠?
男子生徒
お前が噛まれてないって証拠は
どこにあるんだよ
狩野なつめ
狩野なつめ
私は噛まれてないです!
その証拠に今普通に話してるでしょ?
男子生徒
でも分かんねえだろ!!
男子生徒の大声に反応したのか、
涼太がゆっくりとドアの近くにやってきた。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太?
周央涼太
周央涼太
ぅぅう゛……!
私に敵意があると思ったのか、
彼はドアに向かって唸り始めた。
男子生徒
その声なんだよ!
もしかしてゾンビを連れてきたのか!?
狩野なつめ
狩野なつめ
ち、違う!
涼太はゾンビだけど
まだ自我が残ってて
男子生徒
はあ!?何言ってんだよ!
そんなわけ無いだろ!?
女子生徒
なにゾンビ?追い返してよ!
男子生徒
言われなくても分かってるよ!
なにやら揉めているような会話が聞こえた後、
上の小窓が開いて何かが投げつけられた。
周央涼太
周央涼太
ぅっ……
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太!!
涼太に当たったのは黒板消しだった。
周央涼太
周央涼太
……?
特に痛みは感じないのか、不思議そうに飛んできた
黒板消しを拾って眺めている。
狩野なつめ
狩野なつめ
ちょっと、なにするの!?
男子生徒
ドアの隙間から見た
どう見てもそいつはゾンビだ
狩野なつめ
狩野なつめ
違う、違うのに……!
男子生徒
行ってくれ
でないと攻撃するしかない
狩野なつめ
狩野なつめ
そんな……

その言葉の後、間髪入れず小窓から
ありとあらゆるものが降ってきた。

教科書、筆箱、体操着、教室の後ろで育てていた
小さな鉢植えまで……。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太、行こう
周央涼太
周央涼太
ァ……
私は降り注ぐモノたちを避けて涼太の手を握る。

のそのそと私の後ろをついてくる涼太。

投げつけられるものを避けるでもなく、
ただ無表情で身体で受け止めている彼を見て
なんだかすごく泣きたくなった。
狩野なつめ
狩野なつめ
今までたくさん守ってもらったから
今度は私が涼太を守るね
きっとこの先、見た目がゾンビというだけで
涼太にはあらゆる敵意が降り掛かってくるはず。

だけどそんなもの、私が跳ねのけて
絶対に人間に戻してあげるんだから。

そう固く決意をして私達はその場を去った。
男子生徒
おい、行ったか?
女子生徒
行った……みたい
ぅ……っ!
男子生徒
その手……傷が!
いつからだ!?
もしかして最初から黙ってたのか!
女子生徒
ゥガァ……!
男子生徒
うわあああああああ!!


私達が無事学校から脱出した時、
背後でかすかに悲鳴が聞こえた気がした。

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