第20話

幸せな悪夢
2,024
2023/11/17 11:44



お母さん
なつめー!なつめーーー!
早く起きなさい!
 聞き馴染んだ声で名前を呼ばれ、私は目を覚ます。
それはなんて事のない、いつも通りの朝だった。
狩野なつめ
狩野なつめ
う〜ん……
身体にはびっしょりと寝汗をかいていて、
なんだかすごい悪夢にうなされていたみたい。
お母さん
なつめ!早く起きなさい!
狩野なつめ
狩野なつめ
あ、あれ?もう朝?
お母さん
今日デートなんでしょ?
涼太くん玄関で待ってるわよ
狩野なつめ
狩野なつめ
嘘!寝坊した!?
今日は待ちに待った涼太とのデートの日。

私はベッドから飛び起きて、
慌ててニットのワンピースに袖を通す。

昨日の夜、デート服に悩んだ末決めたのが
この普段はあまり着ない大人っぽい
ニットのワンピースだった。

そのせいで寝るのが遅くなってしまい、
まんまと寝坊したというわけだ。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太、可愛いって言ってくれるかな

そんな事をぼーっと考えていると
下の階から涼太の声だけが聞こえてくる。
周央涼太
周央涼太
バカなつめ!
もう置いてくぞ〜
狩野なつめ
狩野なつめ
あと5分だけ待って!!
焦りながらもメイクをして身支度を済ませる。
そして階段を駆け降り、キッチンに備蓄してあった
栄養ゼリーだけ手にとって玄関へと向かった。
狩野なつめ
狩野なつめ
ごめん、待ったよね
周央涼太
周央涼太
待ったに決まってんだろ
ぶっきらぼうな彼の返答に、
何をすれば許してもらえるだろうかと思考を巡らせる。
狩野なつめ
狩野なつめ
今日のデート代全部私が出す!
だから許して!
周央涼太
周央涼太
は?やだよそんなの
俺がかっこ悪いじゃん
それに……
涼太は何かを言いかけてやめた。
狩野なつめ
狩野なつめ
それに?
彼の顔を覗き込むと、
少し耳が赤くなっているのが伺える。
周央涼太
周央涼太
今日はせっかくの初デートだし
可愛い服も着てるんだから
寝坊は許してやるよ!
特別だからな
狩野なつめ
狩野なつめ
本当に!?
可愛いなんて初めて言ってくれたかも。
それに涼太が私とのデートを大切にしてくれている
気持ちが伝わってきた。
狩野なつめ
狩野なつめ
でもあれ?
初デート、だっけ
周央涼太
周央涼太
何言ってんだよ
こうやって恋人として
出かけるのは初めてだろ
狩野なつめ
狩野なつめ
そっか!恋人……
そうだよね
ぐいっと手を掴んで私を玄関から引っ張り出す彼。
周央涼太
周央涼太
ほら早く
行きたいとこあるから!
そして涼太は楽しそうに笑って、私の手を引いて歩く。
狩野なつめ
狩野なつめ
待ってよ!歩くの速いって!
周央涼太
周央涼太
お前が遅いんだろ〜
狩野なつめ
狩野なつめ
もう!
なんだか彼の背中を追いかけるのも、
随分懐かしい気持ちだ。

そういえば、無駄に長い脚のせいで
歩くのだけは速かったっけ。

こうして涼太と向かった先は
映画館、水族館、からのゲームセンターの
フルコース。
周央涼太
周央涼太
ほら、これやるよ
彼はまるでお決まりのように
クレーンゲームで取ってくれたぬいぐるみを
私に手渡した。
狩野なつめ
狩野なつめ
ありがとう!
でも前もこれもらったよね
周央涼太
周央涼太
は?何の話してんだ?
狩野なつめ
狩野なつめ
え、だって取ってくれたでしょ
だから同じの持ってるよ
ふわふわのうさぎのぬいぐるみは確かに
見覚えがあった。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太が選ぶにしては可愛すぎるから
なんで取ってくれたんだろうって
思ってたんだ
周央涼太
周央涼太
何を勘違いしてるか分かんねえけど
それ、俺じゃねえよ
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太だよ!もう忘れた?
でも、そっかあれ
ゾンビに噛み千切られちゃったんだ
周央涼太
周央涼太
なつめお前……
さっきから誰の話をしてんだ?
狩野なつめ
狩野なつめ
誰ってゾンビの涼太……
そう自分で言いかけて、はっと我に返る。

あ…れ……?

ゾンビってなんのことだったっけ。


目の前の世界が涼太ごとぐにゃりと歪んでいく。
狩野なつめ
狩野なつめ
りょ、涼太
周央涼太
周央涼太
……な、つめ
狩野なつめ
狩野なつめ
やだ!待って涼太!
伸ばした手が空を切る。

気づけば私が立っている場所は、
一寸先も見えない暗闇となっていた。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太…!涼太どこ!?
走っても走っても前に進めなくて、
彼の姿はどこにもない。

そしてただ、後悔だけが押し寄せてくる。
狩野なつめ
狩野なつめ
そうだ私!涼太に好きって
ちゃんと伝えたかったはずなのに……!
いつも一緒にいた。
なのにどうして想いを伝えられなかったんだろう。

私はいつもそうだ。

目の前の幸せにかまけて、一番大事な事を忘れちゃう。
狩野なつめ
狩野なつめ
……大好き、なのに
涙とともにこぼれ落ちた言葉は、
もう誰にも届かなかった。


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