聞き馴染んだ声で名前を呼ばれ、私は目を覚ます。
それはなんて事のない、いつも通りの朝だった。
身体にはびっしょりと寝汗をかいていて、
なんだかすごい悪夢にうなされていたみたい。
今日は待ちに待った涼太とのデートの日。
私はベッドから飛び起きて、
慌ててニットのワンピースに袖を通す。
昨日の夜、デート服に悩んだ末決めたのが
この普段はあまり着ない大人っぽい
ニットのワンピースだった。
そのせいで寝るのが遅くなってしまい、
まんまと寝坊したというわけだ。
そんな事をぼーっと考えていると
下の階から涼太の声だけが聞こえてくる。
焦りながらもメイクをして身支度を済ませる。
そして階段を駆け降り、キッチンに備蓄してあった
栄養ゼリーだけ手にとって玄関へと向かった。
ぶっきらぼうな彼の返答に、
何をすれば許してもらえるだろうかと思考を巡らせる。
涼太は何かを言いかけてやめた。
彼の顔を覗き込むと、
少し耳が赤くなっているのが伺える。
可愛いなんて初めて言ってくれたかも。
それに涼太が私とのデートを大切にしてくれている
気持ちが伝わってきた。
ぐいっと手を掴んで私を玄関から引っ張り出す彼。
そして涼太は楽しそうに笑って、私の手を引いて歩く。
なんだか彼の背中を追いかけるのも、
随分懐かしい気持ちだ。
そういえば、無駄に長い脚のせいで
歩くのだけは速かったっけ。
こうして涼太と向かった先は
映画館、水族館、からのゲームセンターの
フルコース。
彼はまるでお決まりのように
クレーンゲームで取ってくれたぬいぐるみを
私に手渡した。
ふわふわのうさぎのぬいぐるみは確かに
見覚えがあった。
そう自分で言いかけて、はっと我に返る。
あ…れ……?
ゾンビってなんのことだったっけ。
目の前の世界が涼太ごとぐにゃりと歪んでいく。
伸ばした手が空を切る。
気づけば私が立っている場所は、
一寸先も見えない暗闇となっていた。
走っても走っても前に進めなくて、
彼の姿はどこにもない。
そしてただ、後悔だけが押し寄せてくる。
いつも一緒にいた。
なのにどうして想いを伝えられなかったんだろう。
私はいつもそうだ。
目の前の幸せにかまけて、一番大事な事を忘れちゃう。
涙とともにこぼれ落ちた言葉は、
もう誰にも届かなかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。