第4話

殺されるなら彼がいい
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2023/07/28 09:57

 覆いかぶさるように私を押し倒した彼。

アッシュグレーの髪、
くっきりとした二重の少し切れ長の瞳。

どう見ても私の大好きな涼太だった。
周央涼太
周央涼太
アァ……
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太……私、なつめ
わかる?
そう問いかけても、ただ小さく唸り声をあげるだけ。
瞳孔が開いているのか、目の焦点は合わない。

怖いけどそっと手を伸ばして彼の頬に触れた。
肌は青白くひんやりと冷たくて、まるで死体のよう。

首筋には大きく噛み切られたような痕まであり、
血は流れていないが痛々しい。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太…ごめんね

あの時、私が置いていかなければ
こんなことにはならなかったのに。
男子生徒
……ァア?
他のゾンビたちは
私が涼太の獲物になったと思ったのか、
ゆっくりと踵を返して去っていく。

だけど涼太は私を押し倒したまま、微動だにしない。


私はそんな彼に、
ずっと秘めてきた想いを伝えた。
狩野なつめ
狩野なつめ
私ね、ずっと涼太が大好きだったの……!
狩野なつめ
狩野なつめ
今までの関係が壊れちゃうのが怖くて
涼太がこんな風になるまで
言えなかったんだ
私って本当にいくじなしだね……
周央涼太
周央涼太
……
私の言葉は何もわかっていないみたい。
反応のない彼に、全てが遅かったんだと実感する。
狩野なつめ
狩野なつめ
そっかもう、私の気持ちは伝わらないんだ
全部遅かったんだ……

もっと早く告白していれば、何かが変わったのかな?


後悔と切なさでじわりと涙が滲んで、
私は思わず彼の首に手を回して引き寄せる。
狩野なつめ
狩野なつめ
ごめん、ごめんね……
涼太の冷たい身体を抱きしめて、
私はとある覚悟を決めた。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太、私を噛んで
私もゾンビにして
そう、殺されるなら彼がいい。

大好きな涼太となら、
ゾンビになってもいいとさえ思えた。

この学校でゾンビとして、2人でただ彷徨うのも
それもまた幸せなんじゃないだろうか。

涼太となら。
狩野なつめ
狩野なつめ
お願い……
私はそっと目を閉じた。
走馬灯のように幼い頃の記憶が駆け巡っていく。


涼太とは幼稚園の頃からずっと一緒だった。

野原でたんぽぽの花かんむりを作って交換したり、
ある時はお菓子の取り合いで喧嘩をしたりしたっけ。

そして中学の頃、自分が怪我を負ってまで私を変質者から守ってくれた。

思い返せば涼太との日々は些細な口喧嘩さえ、
私にとっては大切な宝物でキラキラと輝いていた。

ゾンビになったら、
この思い出も忘れちゃうのかな……?

それは少し寂しい。
狩野なつめ
狩野なつめ
でも私、幸せだったな……
そう呟いて深呼吸をする。

覚悟は出来ている。
きっと相当痛いんだろうな。
周央涼太
周央涼太
……ァ
首筋にかかる彼の前髪。
もうすぐだ。

周央涼太
周央涼太
……





だけど、その痛みはいつになっても襲ってこなかった。


​────ポタリ。

痛みの代わりに、どこからか頬に水滴が落ちてきて
そっと目を開ける。
狩野なつめ
狩野なつめ
……りょうた?
周央涼太
周央涼太
ゥ……
狩野なつめ
狩野なつめ
泣いてるの?
彼の頬には一筋の涙の跡。
涼太は私を襲うどころか、まるで大切なものに
触れるかのようにぎゅっと抱きしめてきた。
狩野なつめ
狩野なつめ
もしかして、私がわかるの?
周央涼太
周央涼太
……
その言葉に返答はなかった。


だけど、彼にはまだ少しだけ
自我が残っているのかもしれない。

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