第11話

河川敷のゾンビ
2,239
2023/09/15 09:52

 突然現れたおじいさんは手際よく涼太を背負って
「ついてきな」と近くの河川敷へと案内してくれた。

狩野なつめ
狩野なつめ
あ、あの
おじいさん
名乗っておらんかったな
ワシは「河川敷のゾンビ」じゃ
狩野なつめ
狩野なつめ
え!?やっぱりゾンビなんですか!?
慌てて後ずさると、おじいさんは
カッカッカと前歯のない口を大きく開けて笑った。
おじいさん
ただのあだ名じゃよ
何度も蘇るくらいしつこい
じいさんだと言われてのぅ
この辺ではそのあだ名で呼ばれとるんじゃ
狩野なつめ
狩野なつめ
あだ名ですか
なんだ……
あだ名にしては見た目はゾンビすぎる気も。
青白い顔にヨロヨロと歩く姿はゾンビそのものだし。

きっとゾンビの群に紛れ込んだら
見分けがつかないだろう。
おじいさん
おヌシ今、
失礼なことを考えとったな?
狩野なつめ
狩野なつめ
うっ…!
そんなことないです!
図星をつかれ、慌てて話題を変える。
狩野なつめ
狩野なつめ
そんなことより
ゾンビは怖くないんですか?
涼太はどう見てもゾンビなので……
ゾンビを全く怖がらない人には初めて出会った。

おじいさんは臆することなく涼太をおぶって、
ヨタヨタとおぼつかない足取りで先を歩く。
おじいさん
なぁに、人もゾンビも変わらんじゃろうて
元は同じ人間だったんじゃからな
そう言ってカッカッカとまた
能天気に笑うおじいさんに、
私の心がすっと軽くなった気がした。
おじいさん
よいこらせっと、
まったく酷いもんじゃ
立派なダンボールハウスの前に辿り着き、
おじさんは涼太の身体をゆっくりとおろした。

ダンボールハウスのビニールシートを捲り上げると、
中にはこじんまりとした空間が広がっていた。
おじいさん
ワシはここに住んどるんじゃ
狩野なつめ
狩野なつめ
秘密基地みたい……
小さい頃、涼太と作った小さな秘密基地によく似ていて
なんだかすごく懐かしい気持ちになった。
おじいさん
そいつを運べ
今、傷口を診てやる
狩野なつめ
狩野なつめ
は、はい!
ぐったりとした涼太の身体を引きずって、
ハウスの中へと横たわらせた。

おじいさん
ワシはこう見えて、昔
医療関係の仕事をしとったんじゃ
意外だと思ったのが顔に出てしまったのか、
そんな私を見ておじいさんはハウスの中の荷物から
大きなカバンを引っ張り出した。
おじいさん
あったあった!ほれ、見ろ
そのカバンを開けると、
そこには医療用の応急手当セットが入っていた。

そして、聴診器を取り出して心音を聞き始めた。
おじいさん
危なかったのう…こやつは
もうすぐで死ぬところじゃったぞ
狩野なつめ
狩野なつめ
え?死ぬって……
ゾンビはもう死んでるんじゃ
おじいさん
いいや
心臓は動いておる、ゆっくりとな
じゃからこやつはまだ死んでおらん
狩野なつめ
狩野なつめ
そ、そんな……!
私は慌てて涼太の胸に直接耳を当てた。

───ドクン…ドクン…。

確かに、ゆっくりと心臓が動いて脈を打っている。
狩野なつめ
狩野なつめ
本当だ……でも、なんで?
涼太だけなんですか?
おじいさん
こやつだけではない
今世間で「ゾンビ」と呼ばれとるやつら
全員、心臓は動いておるんじゃ
狩野なつめ
狩野なつめ
え?
おじいさん
ニュースで見たじゃろう?
このパンデミックには
とあるウイルスが関係しておると。
いわゆる狂犬病のようなものじゃ
狩野なつめ
狩野なつめ
狂犬病、ですか
新しい情報に脳が追いつかない。
つまり、涼太はゾンビだけどまだ死んでいなくて……?

混乱する私を放っておじいさんは話を続ける。

おじいさん
銃弾を食らっても立っていられたのは
おそらく痛覚がないからじゃな。
しかし、致命傷を食らえば、
ゾンビでも死に至る
狩野なつめ
狩野なつめ
じゃあ、涼太は!?
おじいさん
安心しろ
応急処置をしたから
こやつはひとまず大丈夫じゃ
ふとおじいさんの手元を見ると、止血は終わっており
涼太の患部にはしっかりと包帯が巻かれてあった。
狩野なつめ
狩野なつめ
い、いつの間に……!
ありがとうございます!
感極まって手を握ると、
おじさんはまたカッカと笑った。
おじいさん
ゾンビを助けて感謝されるなんてなぁ
相当こやつのことが大事なんじゃな?
狩野なつめ
狩野なつめ
はい。大事です
大切な人なんです
おじいさんのしわくちゃ顔を真っ直ぐ見つめると、
優しそうな目尻にシワが寄った。
おじいさん
諦めるのはまだ早いぞ
死んでいたら無理じゃが、
こやつはしっかりと生きておる
おじいさん
つまり、生きているなら
ワクチンで回復する見込みが
あるということじゃ
狩野なつめ
狩野なつめ
……!
ワクチンがあれば治る!?
本当ですか!?
それは、手探りで歩く暗闇の中に
かすかな希望の光が見えた瞬間だった。






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