私はどうしても涼太を諦められなかった。
彼ならきっと大丈夫。連絡が返ってこないのも、
スマホを落としてしまっただけ。
そう自分に言い聞かせて、
助けを待っているはずの涼太のために
勢いよく玄関のドアを開けた。
───すでに日は沈みかけ、校舎の中は薄暗い。
いつもなら部活に励む元気な掛け声が
聞こえてくるはずなのに、しんと静まり返っている。
私は駐輪場の陰に身を潜めながら
校舎の中の様子を伺った。
音もなく人影がぬっと現れ、私はとっさに息を止めた。
よく見るとそれは、クラスのお調子者男子で……。
すっかり変わり果てたその姿に思わず息を飲む。
薄暗い中ではよく目が見えないのか、
隠れている私のほんの数メートル先をのろのろと
通り過ぎていく。
目を凝らすと、すでに校舎の中には
ゾンビと化した生徒たちが行く宛もなく彷徨っている。
そんなかすかな期待だけを胸に、
私はゾンビたちの目を掻い潜って教室へと向かった。
───1年2組の教室。
いつも遅刻ギリギリで滑り込んでいたその教室のドアは、固く閉ざされていた。
ガラス窓から中を確認すると
机と椅子で大きなバリケードが作られていた。
教室の中からかすかに会話が聞こえてきて、
私はすがるように声をかけた。
中にいる男子生徒が慌てて声をあげる。
数秒経った後、小さく「いない」と返ってきた。
中からは女子生徒のすすり泣く声が聞こえてきた。
そんな苦しそうな声を聞いて、私は何も言えなくなった。
そう言って振り返った瞬間、私の後ろには
複数のゾンビたちが今にも襲いかかろうと手を伸ばしていた。
とっさに身を引いて廊下の反対側へと走る。
だけど、多勢に無勢。
私の悲鳴を聞いたゾンビたちが更に人数を増やし、
こちらへと向かってくる。
ゆっくりとした動きでも、
人数が多くなると退路は塞がれていく。
そして私は知らず知らずの内に廊下の突き当りの
理科室前へと追い詰められていた。
ガチャリ。
鍵の掛かっている音が聞こえて、私は後ろを振り返る。
不気味に手を前へと伸ばし、
のそのそとこちらへ向かってくるゾンビたち。
もう、逃げる場所はない。
小さな声でそうつぶやいた瞬間、
一人のゾンビが私へと襲いかかってくる。
床に押し倒されて、背中を強く打った。
ゆっくりと目を開けると、
私の上に覆いかぶさっていたのは
変わり果てた姿の涼太だった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!