それはまるで、
ゾンビパニック映画の一幕のようだった。
どんっ、と私を突き飛ばす彼。
その勢いのまま尻もちをついてしまう。
気づけば涼太は、一人ではなく複数の不気味な生徒たちに取り囲まれていた。
立ち上がって駆け寄ろうとする私を、
涼太が声で制する。
彼は次々と噛みつこうとする男子生徒たちを薙ぎ払う。
だけどすでに涼太の首筋や腕には、
くっきりと噛み跡がついており
傷口からは血が滲んでいた。
私が必死に伸ばした手は、
ぱしんと振り払われてしまった。
涼太から私にターゲットを切り替えたのか、
不気味な男子生徒たちがこちらへ手を伸ばしてのろのろと近づいてくる。
それは、いつも一緒に登校したくて遅刻魔な彼を待っている私への言葉だった。
そう言って泣きそうな顔で笑う彼。
私に近づく生徒たちを涼太が身体を張って食い止める。
そんな必死な彼を見て、
これ以上この場にとどまることはできなかった。
そう言って、私は涼太を置いてめいっぱい走った。
いつも涼太を追いかけて走っていた通学路。
帰巣本能だろうか、
私の足は勝手に自分の家の方へと向かっていた。
──気づけば私は、
息を切らし自宅の玄関にいた。
正直、どうやって家に帰ってきたかも覚えていない。
さっきの光景が酷く鮮明に思い起こされ、
私はその場にへたり込んでしまう。
玄関のタイルがやけに冷たくて、体温を奪っていく。
涼太をあのまま置いてくるなんて、
なんて酷いことをしてしまったんだろう……。
今になって後悔の念が押し寄せてきて、
涙で目の前がぼやけていく。
放心状態で、現実が飲み込めない。
ううん、こんなの夢だ。悪夢だ。
こんな現実、認めたくないよ。
今頃涼太と2人で家に逃げ帰っていたかもしれない。
後悔ばかりが押し寄せて、無造作に置かれてあったお母さんのサンダルに涙がこぼれ落ちた。
母と弟のことを思い出して、はっと顔を上げる。
もしかして、今頃……。
必死だったからか、
街の様子はきちんと確認できなかった。
でも、学校があの状態なら街の状況だって容易に想像できる。
玄関に靴はない。
だけど私は大切な母親と弟の名前を呼びながら
家中を探し回った。
うちは父親を早くに亡くした母子家庭だ。
だからお母さんは、
まだこの時間もスーパーのパートで働いている。
そしてまだやんちゃな小学生の弟は
いつも夕方遅くまで友達と遊んで帰ってくる。
だから家にいないことは分かりきっているはずなのに、
かすかな希望にすがってただひたすら家の中を探し回る。
だけどやっぱり2人の姿はどこにもなくて……。
震える声で自分にそう言い聞かせ、
零れ落ちそうな涙をぐっとこらえた。
──あれから、何時間経っただろうか。
スマホを持っている母と涼太には数分おきにメッセージを送り続けている。
だけど返信はおろか、既読すらつかない。
断続的に流れてくるニュース速報は、
いかに未知のウイルスの感染力が驚異的であるかを伝えている。
だけど、画面に映し出される情報や街の惨劇は、
私にはとても現実とは思えなかった。
ただスマホを握りしめ、
メッセージを送り続けることしかできない。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!