第2話

ゾンビパニック
7,452
2023/07/14 09:00

それはまるで、
ゾンビパニック映画の一幕のようだった。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太……!
周央涼太
周央涼太
来るなっ!!
どんっ、と私を突き飛ばす彼。
その勢いのまま尻もちをついてしまう。

気づけば涼太は、一人ではなく複数の不気味な生徒たちに取り囲まれていた。

狩野なつめ
狩野なつめ
やめて!
涼太に近づかないで!
立ち上がって駆け寄ろうとする私を、
涼太が声で制する。
周央涼太
周央涼太
来るなって言ってんだろ!
狩野なつめ
狩野なつめ
でも!
男子生徒?
ぅがぁっ
周央涼太
周央涼太
いっ…てえな!
彼は次々と噛みつこうとする男子生徒たちを薙ぎ払う。

だけどすでに涼太の首筋や腕には、
くっきりと噛み跡がついており
傷口からは血が滲んでいた。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太を置いてなんて行けない!
早くこっちに!
私が必死に伸ばした手は、
ぱしんと振り払われてしまった。
周央涼太
周央涼太
分かってんだろ
もう遅いんだよ!
なつめ、お前だけは逃げろ
涼太から私にターゲットを切り替えたのか、
不気味な男子生徒たちがこちらへ手を伸ばしてのろのろと近づいてくる。
周央涼太
周央涼太
いつも言ってんだろ、
先に行けって!
今くらい俺の言う通りにしろ、な?
狩野なつめ
狩野なつめ
……っ!
それは、いつも一緒に登校したくて遅刻魔な彼を待っている私への言葉だった。
周央涼太
周央涼太
先に行け!
俺は後から走って逃げるから
ほら俺足速いし、遅刻したことないだろ?
そう言って泣きそうな顔で笑う彼。
周央涼太
周央涼太
なつめ、お願いだ
……行け!!
私に近づく生徒たちを涼太が身体を張って食い止める。
そんな必死な彼を見て、
これ以上この場にとどまることはできなかった。
狩野なつめ
狩野なつめ
わかった……
涼太も、絶対に逃げて
そう言って、私は涼太を置いてめいっぱい走った。
いつも涼太を追いかけて走っていた通学路。

帰巣本能だろうか、
私の足は勝手に自分の家の方へと向かっていた。



──気づけば私は、
息を切らし自宅の玄関にいた。

正直、どうやって家に帰ってきたかも覚えていない。
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太……涼太が……
さっきの光景が酷く鮮明に思い起こされ、
私はその場にへたり込んでしまう。

玄関のタイルがやけに冷たくて、体温を奪っていく。
狩野なつめ
狩野なつめ
私、なんてこと……
涼太をあのまま置いてくるなんて、
なんて酷いことをしてしまったんだろう……。

今になって後悔の念が押し寄せてきて、
涙で目の前がぼやけていく。

放心状態で、現実が飲み込めない。
ううん、こんなの夢だ。悪夢だ。

こんな現実、認めたくないよ。


狩野なつめ
狩野なつめ
中庭なんかに呼び出さなければ……
待ち合わせなんてしなければ……

今頃涼太と2人で家に逃げ帰っていたかもしれない。

後悔ばかりが押し寄せて、無造作に置かれてあったお母さんのサンダルに涙がこぼれ落ちた。
狩野なつめ
狩野なつめ
っ……!!
お母さんは?翔平は!?
母と弟のことを思い出して、はっと顔を上げる。

もしかして、今頃……。

必死だったからか、
街の様子はきちんと確認できなかった。

でも、学校があの状態なら街の状況だって容易に想像できる。


玄関に靴はない。
だけど私は大切な母親と弟の名前を呼びながら
家中を探し回った。
狩野なつめ
狩野なつめ
お母さん!!翔平!!返事して!!
うちは父親を早くに亡くした母子家庭だ。

だからお母さんは、
まだこの時間もスーパーのパートで働いている。

そしてまだやんちゃな小学生の弟は
いつも夕方遅くまで友達と遊んで帰ってくる。

だから家にいないことは分かりきっているはずなのに、
かすかな希望にすがってただひたすら家の中を探し回る。

だけどやっぱり2人の姿はどこにもなくて……。
狩野なつめ
狩野なつめ
ううん大丈夫。きっと大丈夫。
少し待ってればきっといつもみたいに
「ただいま」って元気に帰ってくるから
震える声で自分にそう言い聞かせ、
零れ落ちそうな涙をぐっとこらえた。




──あれから、何時間経っただろうか。

スマホを持っている母と涼太には数分おきにメッセージを送り続けている。
だけど返信はおろか、既読すらつかない。
アナウンサー
速報です!
未知のウイルスが蔓延し
人から人へと感染しているようです!
不審な人物には近づかず
安全な建物へ避難して下さい
アナウンサー
被害は千人、いえ一万人規模にまで
拡大しているとの情報です

断続的に流れてくるニュース速報は、
いかに未知のウイルスの感染力が驚異的であるかを伝えている。

だけど、画面に映し出される情報や街の惨劇は、
私にはとても現実とは思えなかった。

ただスマホを握りしめ、
メッセージを送り続けることしかできない。

​───────
​─────
なつめ
涼太、返信して
なつめ
涼太無事?
なつめ
お願い返事ちょうだい
なつめ
今どこ?まだ学校?
なつめ
既読だけでいいから
なつめ
答えてよ
なつめ
涼太、お願い
なつめ
充電なくなっちゃった?



なつめ
待ってて、私が助けに行くから


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