ゾンビが噛みちぎったものは、
私が腕に抱いていたぬいぐるみだった。
ぬいぐるみの腕は千切れ、白いわたが覗いている。
彼からのプレゼントを噛みちぎられたことに
怒りが込み上げてきて、
私は目の前のゾンビにビンタをくらわせる。
パシッ────。
ゾンビはビンタの衝撃を受け、
そのままふらついて尻餅をついた。
涼太はナイス!といったように唸り声をあげ、
私の腕を掴んで歩き出す。
彼は群がるゾンビたちに威嚇することで、
私の通る道を作ってくれた。
こうして、難を逃れた私たちは
街に溢れるゾンビたちの目を盗み、
ラボの方角へと向かった。
しかしラボへの道のりは思っていたよりも遠く、
徒歩で向かうには限界があった。
徐々に日は暮れていき、時刻は午後6時。
周囲の建物には明かりがついていく。
さすがの涼太も疲れているのか、
いつにも増して歩くペースが落ちている。
葛藤する私の隣、
彼は状況が何もわかっていないようだ。
なんだかバカバカしくなって、
私は涼太を連れて小さなビジネスホテルへと足を踏み入れた。
こんな状況にも関わらず、
フロントには一人のおばあさんが立っていた。
メガネの奥からじっと涼太を見つめるおばあさん。
その鋭い視線に、彼の正体が
バレてしまったんじゃないかと生唾を飲む。
あ、危なかった〜〜〜!
私はほっと小さく息をつく。
私たちは無事チェックインを済ませ、
部屋へと向かった。
こじんまりとした部屋にはユニットバスと
小さなクローゼット、そしてシングルベッドが
一つだけ置かれてある。
壁紙がところどころ剥がれ落ちていて、
少し古めかしさを感じる。
私は早速お風呂にお湯を張った。
もう何日も体を洗えていなかったせいで
いくら冬といえども、不快感がすごかった。
少しがっかりしつつも、彼のファンデーションを
落としていく。
青白い肌に戻っていくのを見ながら、
やっぱりどうしようもなく
今の彼がゾンビなんだと思い知らされた。
本当にこのままラボへいけば、
涼太は人間に戻れるんだろうか?
夜はダメだな。
暗闇と一緒に不安が一気に押し寄せてくるから。
溢れそうになった涙を隠すために
私は慌てて彼をお風呂場に押し込んだ。
自分に言い聞かせるように虚空にポツリと呟いた。
─────そして、久しぶりのお風呂の後。
デートや長時間の移動で疲れた私は
ベッドに倒れ込んだ。
隣には、先に寝ていた涼太がいる。
涼太を強引に壁の方へ押しのけて、
彼の背中にくっつくようにして添い寝する。
もはや、誰に言い訳しているのかわからない。
きっと人間の頃の彼なら、ベッドから私を
追い出していたことだろう。
床で寝ろとか言ってベッド争奪戦になってたはず。
そんなことを考えながら、
彼の冷たい背中に寄り添って目を閉じる。
トクン、トクン…と小さく彼の心音が聞こえてきた。
ゆっくりと一定のリズムを刻む彼の鼓動に耳を傾け、
私は深い眠りについた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。