第14話

隣町へ
3,250
2023/10/06 13:09
 おじいさんの献身的な看病のおかげで
涼太の傷は塞がり、すっかり回復した。
おじいさん
さて、今夜はこやつの回復祝いじゃ!
ワシがとっておきのプレゼントを
用意したぞ
そう言って少し悪戯っぽく笑うおじいさんは、
私たちに見せたいものがあると言ってとある場所へと
連れて行ってくれた。

ちょうど腰の高さまで草が生い茂っている
河川敷の一角に、隠すようにそれは置かれていた。
狩野なつめ
狩野なつめ
これって……!
おじいさん
ボートじゃ
隣町へ行きたいんじゃろ?
これがあれば橋を渡らなくて済む
狩野なつめ
狩野なつめ
おじいさん!
あまりの嬉しさに、
私は思わずおじいさんに抱きついてしまった。
それを見た涼太が威嚇態勢に入る。
周央涼太
周央涼太
ゥゥゥヴ!
おじいさん
こら、嬢ちゃん離れてくれ!
こやつワシを睨んでおる
相当怒っておるぞ!
狩野なつめ
狩野なつめ
す、すみません!
おじいさん
カッカッカ!
まったく、命がいくつあっても足らんわい
呆れたように笑いながらおじいさんは
小さなボートを引っ張り出した。
おじいさん
明朝、ここを発つんじゃ
ワシが向こう岸まで送ってやる
狩野なつめ
狩野なつめ
もう?
おじいさん
こやつに必要な栄養ゼリーは
底をついたんじゃろう?
おじいさん
ここにいつまでも
おるわけにはいかん
それに、お嬢ちゃんには
やるべきことがあるはずじゃ
狩野なつめ
狩野なつめ
そう、ですね
涼太をチラリと横目で見ると、
不思議そうにボートを眺めていた。

そうだ、私には彼を人間に戻すという目的がある。
そして元に戻ったら必ず想いを伝えるんだ。

狩野なつめ
狩野なつめ
おじいさん
本当にお世話になりました
私、諦めませんから!
おじいさん
ああ、その意気じゃ
こうして、私たちはおじいさんの粋な計らいによって
朝早くに隣町へとボートで向かった。
おじいさん
達者でな
そう一言だけ残し、おじいさんは振り返らずに
ボートを漕いで向こう岸へと戻って行った。
狩野なつめ
狩野なつめ
……また、会えるかな
周央涼太
周央涼太
……ゥ
涼太はただ首をかしげるだけだったけど、
その横顔はどこか寂しそうに見えた。

狩野なつめ
狩野なつめ
よし、じゃあ行こうか!




​────だけど、隣町は
私が想像していたものとはかけ離れていた。
狩野なつめ
狩野なつめ
嘘……
こんなに、人がいるなんて
道路には車が走り、出勤中のサラリーマンや
自転車通学の学生の姿が見える。

まるでウイルス感染なんてなかったかのように、
人々は普通に生活を送っていた。

狩野なつめ
狩野なつめ
スマホの充電切れちゃってたから
全然知らなかった……
そういえば、とはっとする。
封鎖された橋と、
こちら側に向かって発砲してきた自衛隊。

つまりこの町にはまだ、ゾンビが到達していないのだ。
狩野なつめ
狩野なつめ
ウイルスの原因はこの町の
ラボのはずなのに、おかしいな……
とりあえず涼太をどうにかしなきゃ!
周央涼太
周央涼太
……ァ?
防寒具を涼太に着せて、フードを深々と被せた。
そしてマフラーも巻いてなんとか肌を隠す。

だけどそれだけでは不十分で、
歩き方や隙間から覗く肌を見れば
誰でもゾンビだと気づくレベルだ。

狩野なつめ
狩野なつめ
いい?涼太
絶対に人は襲っちゃダメだからね
周央涼太
周央涼太
……ゥ
狩野なつめ
狩野なつめ
それと、下を向いて歩くの
涼太の正体がバレたら
どうなるかわからないから
わかった?
周央涼太
周央涼太
……ゥア!
きちんと伝わっているのか正直不安だけど、
とりあえず指示をしておいた。

その甲斐もあってか、涼太はしばらく大人しく私の後ろをゆっくりとついてくる。
狩野なつめ
狩野なつめ
やればできるじゃん
ほっと油断したせいか、
私は前から歩いてきた2人組の男性に
ぶつかってしまった。
狩野なつめ
狩野なつめ
あっ!すみません!
チャラ男
ちっ、前見て歩けよな
ん?キミ可愛いじゃん!
こんな朝っぱらから何してんの?
ぷんとお酒の匂いがして、思わず後ずさる。
チャラ男2
俺ら朝まで飲んでたんだよ
ウイルス感染のせいで仕事が
無くなっちまってよ〜
やけ酒ってやつだ
狩野なつめ
狩野なつめ
すみません、急いでるので
チャラ男
どこ行くの?

私が先を行こうとすると、強く腕を掴まれた。
狩野なつめ
狩野なつめ
放して下さい!
私が声をあげた瞬間、
大人しく後ろにいた涼太が突然男に襲いかかる。
周央涼太
周央涼太
ゥガァ!!
チャラ男
うわっ!何すんだコイツ!
狩野なつめ
狩野なつめ
涼太!
涼太は男に馬乗りになって、
今にも噛みつこうとしている。

チャラ男2
ヒィイ!
そ、そいつ感染者じゃねえか?
チャラ男
嘘だろ!なんでこの町にいるんだよ!?
早く通報しろ!
狩野なつめ
狩野なつめ
通報!?……そんなっ!
私は男に馬乗りになっている涼太を引っペがした。

狩野なつめ
狩野なつめ
行くよ涼太!早く!!

ここから逃げなきゃ!
騒ぎを聞きつけた野次馬たちが続々とこちらに
視線をむけている。

このままじゃ見せ物だ。
狩野なつめ
狩野なつめ
逃げるよ!!
周央涼太
周央涼太
……ゥ
チャラ男2
おい待てゾンビ!
走れない彼を無理やり引きずってでも
ここから逃げないと。

私は涼太を引っ張って、
人がいない方向へひたすら走った。



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