おじいさんの献身的な看病のおかげで
涼太の傷は塞がり、すっかり回復した。
そう言って少し悪戯っぽく笑うおじいさんは、
私たちに見せたいものがあると言ってとある場所へと
連れて行ってくれた。
ちょうど腰の高さまで草が生い茂っている
河川敷の一角に、隠すようにそれは置かれていた。
あまりの嬉しさに、
私は思わずおじいさんに抱きついてしまった。
それを見た涼太が威嚇態勢に入る。
呆れたように笑いながらおじいさんは
小さなボートを引っ張り出した。
涼太をチラリと横目で見ると、
不思議そうにボートを眺めていた。
そうだ、私には彼を人間に戻すという目的がある。
そして元に戻ったら必ず想いを伝えるんだ。
こうして、私たちはおじいさんの粋な計らいによって
朝早くに隣町へとボートで向かった。
そう一言だけ残し、おじいさんは振り返らずに
ボートを漕いで向こう岸へと戻って行った。
涼太はただ首をかしげるだけだったけど、
その横顔はどこか寂しそうに見えた。
────だけど、隣町は
私が想像していたものとはかけ離れていた。
道路には車が走り、出勤中のサラリーマンや
自転車通学の学生の姿が見える。
まるでウイルス感染なんてなかったかのように、
人々は普通に生活を送っていた。
そういえば、とはっとする。
封鎖された橋と、
こちら側に向かって発砲してきた自衛隊。
つまりこの町にはまだ、ゾンビが到達していないのだ。
防寒具を涼太に着せて、フードを深々と被せた。
そしてマフラーも巻いてなんとか肌を隠す。
だけどそれだけでは不十分で、
歩き方や隙間から覗く肌を見れば
誰でもゾンビだと気づくレベルだ。
きちんと伝わっているのか正直不安だけど、
とりあえず指示をしておいた。
その甲斐もあってか、涼太はしばらく大人しく私の後ろをゆっくりとついてくる。
ほっと油断したせいか、
私は前から歩いてきた2人組の男性に
ぶつかってしまった。
ぷんとお酒の匂いがして、思わず後ずさる。
私が先を行こうとすると、強く腕を掴まれた。
私が声をあげた瞬間、
大人しく後ろにいた涼太が突然男に襲いかかる。
涼太は男に馬乗りになって、
今にも噛みつこうとしている。
私は男に馬乗りになっている涼太を引っペがした。
ここから逃げなきゃ!
騒ぎを聞きつけた野次馬たちが続々とこちらに
視線をむけている。
このままじゃ見せ物だ。
走れない彼を無理やり引きずってでも
ここから逃げないと。
私は涼太を引っ張って、
人がいない方向へひたすら走った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。