第13話

心さえ死ななければ
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2023/09/29 09:00

 おじいさんの手厚い看護もあってか、涼太は
みるみるうちに回復していった。

それに反して、私はこの先の不安に押しつぶされそうに
なっていた。
狩野なつめ
狩野なつめ
はぁ……
涼太が捕まえてきた魚を焚き火で焼きながら、
ぼーっと火を眺めていると、おじいさんが隣に
座り込んできた。
おじいさん
カッカッカ!
こやつのおかげで食事に困らんわ!
私の側で大人しく座っている涼太を見て、
おじいさんは元気に笑った。
おじいさん
嬢ちゃんは少食だから
たくさん食べるんじゃぞ
腹一杯になったらきっと元気が出るわい
狩野なつめ
狩野なつめ
腹一杯……
そういえば、こんなことになってからは
まともにご飯を味わうことなんてなかった。
おじいさん
ほれ、特別に今日は
ワシの魚もやろう!
おじいさんなりの気遣いなのか、
こんがりと焼けた魚の串をぐいっと押し付けてくる。

狩野なつめ
狩野なつめ
あ、ありがとうございます
塩だけで味付けされた魚なのに
その味は、おじいさんの優しさと相まって
じんわりと身に染みた。
狩野なつめ
狩野なつめ
美味しい
おじいさん
そうじゃろう?
狩野なつめ
狩野なつめ
すみません……
私、ネガティブになってました
ずっと涼太はゾンビの
ままなんじゃないかって、
先の不安ばっか考えちゃって
おじいさん
好きなんじゃろう?
諦めるのか?
狩野なつめ
狩野なつめ
え、好き?!
そんなこと言いましたっけ?
図星をつかれて、思わず顔をあげる。
おじいさん
そんなもん、言わんでもわかるわ!
周央涼太
周央涼太
……
涼太の方をチラリと見ると、
パチパチと燃える焚き火に興味津々だった。

狩野なつめ
狩野なつめ
バレてましたか
そうなんです……
ずっと昔から好きなんです
おじいさん
いいのう、青春じゃのう
狩野なつめ
狩野なつめ
いい、でしょうか?
いっそ好きじゃなかったら
こんな気持ちにもなって
なかったのにって……
たまに思うんです
おじいさん
人間、みなそういうもんじゃ
狩野なつめ
狩野なつめ
え?
おじいさん
失って、気づいて、後悔する
おじいさんは何かを思い出すように遠くを見つめた。
おじいさん
ワシにも後悔はある
狩野なつめ
狩野なつめ
後悔ですか?
おじいさん
とある喧嘩がキッカケで
娘夫婦とは疎遠になって
しまってのう
今は絶縁状態なんじゃ
狩野なつめ
狩野なつめ
そんな……
おじいさん
あの時、一言謝ってさえいれば
今頃可愛い孫とも一緒に
遊べたのかもしれん
おじいさん
こんなことになって
無事かどうかさえわからないことが
情けなくてのう
悲しげな横顔に、
なんて声をかけていいかわからなかった。
おじいさん
だが、ワシはまだ諦めんぞ
狩野なつめ
狩野なつめ
え?
おじいさん
ワシは謝るまで
死なんと決めたんじゃ!
そう言って二カッと笑う笑顔に
ほっと心が軽くなった気がした。

狩野なつめ
狩野なつめ
実は私も……
後悔していることがあるんです
おじいさんになら話したいと思った。
涼太に「好き」という想いを伝えられなかった後悔を。

おじいさんは、私の話をただただ優しい眼差しで
聞いてくれた。

話を聞いてくれるだけで、
どこか救われた気持ちになる。

もしかしたら私は、
自分の中に色んな感情を背負い込みすぎて
いたのかもしれない。
狩野なつめ
狩野なつめ
おじいさんが諦めないなら
私も頑張ってみます
おじいさん
その言葉を待っておったぞ!
カッカッカと嬉しそうに笑うおじいさん。
おじいさん
ワシのようにおいぼれで
屍のような体でも
心さえ死ななければ
なんとかなるんじゃ
狩野なつめ
狩野なつめ
心さえ死ななければ
おじいさん
そう
信じて前に進めばきっと願いは叶う
そう言っておじいさんは夜空を見上げた。

空には満天の星が輝いていて、
それは私が生きてきた人生の中で
一番綺麗な光景だった。



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