第18話

視線の先にいるのは、いつも貴方だった
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2024/02/04 22:18 更新


───あなたは一体誰ですか?


池に浮かぶように静かに立つ、いま咲いたばかりの白い百合のように美しい女性に声をかける。

女性のたおやかな黒髪は風に揺れている。
水骨
私は、水骨と申します。

風が耳元を吹き通っているのに、その女性の凛と澄んだ声はすーっと耳に入ってくるから不思議だ。

水骨は、自分の足元にある池を見ながら淡々と話し出した。
水骨
この鐐ノ池は、戦時中に命を落とした者や水子の亡骸が多く沈んでおり、その者たちの多くはこの世への未練で成仏できず、苦しみ続けています。
水骨
私は、ずっとここでその者たちの魂を慰めていました。
水骨
ですが、私の心は未熟で…その隙をあの者につけ込まれ亡者たちの亡骸を傷つけてしまった。

右目から溢れた涙が、水骨の白い頬を伝って、池に落ちた。
池の水の面には、小さな水紋ができる。
水骨
なので、私はこれ以上この地に留まることはできません。
涙で潤んだ瞳が、私を見つめる。
とても綺麗だ、こんなに美しい人も涙も初めて見た。
水骨
この地を去る前にあなたに言っておかなければならないことがあります。

水骨の涙はぴたりと止まり、声が強ばり、彼女を軸に水面が揺らいでいった。
それにつられて私の心も体も反射的に身構える。
水骨
あの者は、他者の心の隙につけ入り、他者を操り、災いをもたらします。
水骨
いや……もたらすのではありませんね、あれは災いそのもの。
水骨
私も抵抗はしましたが、あの者の強大な憎しみの前で、私はあまりに無力でした。

あの者って誰のことだろう。心の中で呟いたつもりだったのにいつの間にか声に出ていたらしい。

私に逆五芒星を刻み、私を操った者です。と返事が帰ってきた。

ぎゃくごぼうせい?私には分からないことだらけだ。

水骨
それと、あの者が私の前に現れた際に、少年がこの池にやってきたので守るために池の中に引き込んでしまいました。
水骨
生命への危機はありませんが、数日寝込むことになるでしょう。

きっと、その少年は瑛生くんのことだ。良かった生きてた。
水骨
鬼幽さんと夜鈴さんにも傷を負わせてしまいました。私が直接謝ることはできないので、あかりさんがお伝えください。
神代 あかり
任せてください!絶対伝えます!

私は、水骨の頼みを二つ返事で引き受けた。
だって仕方がない。美人の頼みとは断れないものである。
水骨
あと、もうひとつ伝えておかなければいけないことが
神代 あかり
なんですか?
水骨
妖怪と人間が結ばれることは、元来、禁忌とされています。
神代 あかり
え!?

なぜ急にその話を?

私の鬼幽への気持ちを見透かされてしまった気分になって、顔に熱が集まるのが自分でもわかった。
水骨
結ばれたものたちに待っているものは

────無惨な最期と地獄です。

冷ややかなその声で顔に集まった熱がさっと散っていった。
でも、そんな私とは対照的に水骨はどこか懐かしげに宙を見ている。それが心にひっかかる。
水骨
私から伝えられることはこれだけです、さようなら。

水骨は、それ以上私を気にする様子もなく、池の反対側へと歩みを進める。

それに伴って彼女を隠すように、池には突如として霧がかかり始めた。

私は何を思ったか咄嗟に
神代 あかり
その人、大切な人だったんですか?

と、訊ねた。

他に聞かなくてはならないことがあるはずなのに、どうしても知りたかった。


彼女は歩みを止め、こちらを振り返り、面食らったようにぽかんとした表情を見せた。

その両手には、矢に射抜かれた頭蓋骨が大事そうに抱えられている。


水骨は、ぱっと花が咲くような可愛らしい笑顔を浮かべて
水骨
ええ、とっても。愛していました。


次に、瞼を開けると


そこには、もう何千もの頭蓋骨たちも、黒髪の妖怪もいなくて。私は咲き誇る百合の上に立っていた。

心地よい風と白い百合の花びらが頬を撫でる。

夜鈴
あかりーっ!

駆けてきた夜鈴が、その勢いに任せて私に抱きついてきた。
突然のことに、反応できなかった私はそのまま夜鈴に押し倒されて、地面に頭と体を打ちつけた。

思わず、「いた…っ!」と悲鳴を上げる。

夜鈴はそんなのお構いなしに、目尻に朱色の化粧を施された大きな目をキラキラと輝かせる。
夜鈴
あかりの弓、凄かたね!見直したアルよ!

そのまま、息が止まるほどに強くぎゅうっと私の首のあたりにある腕に力が込められた。
神代 あかり
ぐるじい……
鬼幽
夜鈴、その辺にしとけよ。あかりが苦しんでるだろ。
その一言で、夜鈴は私から手を離した。
夜鈴
悪かたね、人間に抱きつくの初めてで力加減分からないアル
神代 あかり
いや……いいよ。
私は、ズキズキと痛む頭を労わるように押さえながらゆっくりと上半身を起こす。
鬼幽
大丈夫か?
声をかけられて、顔を上げる。

最初に目に入ったのは、鬼幽と夜鈴の赤黒い血に染まった服。
その次に、腕から手のひらにかけて垂れた形跡のある乾いた血。
そして最後は、鬼幽に背負われた男の子。
神代 あかり
鬼幽、夜鈴…怪我が!

どうしよう!?この近くに病院ってあったっけ!?

なんて、こんなに大量の血も大怪我も人生で初めて見た私は慌てふためく。
鬼幽
俺たちなら大丈夫だよ、もう血も止まったし
鬼幽
それよりも、自分の心配したら。なんで俺が逃げろって言った時に逃げなかった?
鬼幽
あと少しで死んでたかも知れないんだぞ

怒りと苛立ちを含んだ声で眉間に皺を寄せながら、鬼幽は言った。
神代 あかり
でも、鬼幽と夜鈴が助けてくれたじゃん?
鬼幽
俺と夜鈴が自分を優先して助けないとは考えなかったのかよ
神代 あかり
んー、それは考えてなかったかな。私、二人のこと信じてたし
神代 あかり
それに、鬼幽と夜鈴を置いて一人で逃げたら二人と友達になれないじゃん

夜鈴は、私の言葉に胸がじーんと暖かくなった。
夜鈴
ワタシ、あかりのこと大好きよーっ!

と、勢いに任せて私に抱きつく。
「あ、これデジャヴ」なんて思った時には体が地面へと傾き始めていた。

この後のことは、容易に想像できた。私は衝撃に備えてぎゅっと瞼を閉じる。


その直後、硬い何かに頭をぶつけて、肩を誰かに掴まれた気がした。

神代 あかり
(あれ?痛くない…?)

想定していた衝撃が襲って来ないこと。
私の顔に影がかかっていることを不思議に思った私は目を開けて、顔を上げる。


すると、黒い瞳と目が合った。

神代 あかり
ありがと、鬼幽
鬼幽
神代 あかり
あ、そういえばこの池の妖怪の水骨と話したんだけど
鬼幽
は?
神代 あかり
なんか、誰かに操られてて鬼幽と夜鈴のこと怪我させてごめんって言ってた
神代 あかり
あと、瑛生くん命に別状はないけどしばらく寝込むことになるって
夜鈴
他には何か言ってたアルか?
神代 あかり
えっと…あとは、災いとか逆ごぼう?みたいなこと言ってた気がする

私が逆ごぼうと言った途端、二人の表情が強ばる。二人ともゴボウ嫌いなのかな。

私もゴボウはちょっと苦手。

そして「他には?」と聞かれ、思い出そうとするが記憶がバラバラになったみたいに、ほんの一部しか思い出せない。
神代 あかり
なんか、あんまり覚えてない。ごめん
鬼幽
はぁー···君ってやつは本当に······

呆れを含んだ声で何かを言いかけて、「あー、もういいや···どうでも」と、途中で止めたらしい。
鬼幽
帰るか
神代 あかり
うん!

そして、私たちは山を下りた。

空は、青く広がった空をベースに、黄色やオレンジ色、赤色、紫色と鮮やかな色で彩られていて、絵画のように美しい。
夜鈴
ワタシ、瑛生家まで送るね。二人先に帰るよ。

そう言うと、夜鈴は塚本さんの家の方角へと歩き出した。
春翔くんちゃんと瑛生くんに謝れたらいいな、なんて思いながら二人の後ろ姿をぼんやりと眺めていると、肩をぽんと叩かれた。
鬼幽
あかり、家まで送る

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