───あなたは一体誰ですか?
池に浮かぶように静かに立つ、いま咲いたばかりの白い百合のように美しい女性に声をかける。
女性の嫋やかな黒髪は風に揺れている。
風が耳元を吹き通っているのに、その女性の凛と澄んだ声はすーっと耳に入ってくるから不思議だ。
水骨は、自分の足元にある池を見ながら淡々と話し出した。
右目から溢れた涙が、水骨の白い頬を伝って、池に落ちた。
池の水の面には、小さな水紋ができる。
涙で潤んだ瞳が、私を見つめる。
とても綺麗だ、こんなに美しい人も涙も初めて見た。
水骨の涙はぴたりと止まり、声が強ばり、彼女を軸に水面が揺らいでいった。
それにつられて私の心も体も反射的に身構える。
あの者って誰のことだろう。心の中で呟いたつもりだったのにいつの間にか声に出ていたらしい。
私に逆五芒星を刻み、私を操った者です。と返事が帰ってきた。
ぎゃくごぼうせい?私には分からないことだらけだ。
きっと、その少年は瑛生くんのことだ。良かった生きてた。
私は、水骨の頼みを二つ返事で引き受けた。
だって仕方がない。美人の頼みとは断れないものである。
なぜ急にその話を?
私の鬼幽への気持ちを見透かされてしまった気分になって、顔に熱が集まるのが自分でもわかった。
────無惨な最期と地獄です。
冷ややかなその声で顔に集まった熱がさっと散っていった。
でも、そんな私とは対照的に水骨はどこか懐かしげに宙を見ている。それが心にひっかかる。
水骨は、それ以上私を気にする様子もなく、池の反対側へと歩みを進める。
それに伴って彼女を隠すように、池には突如として霧がかかり始めた。
私は何を思ったか咄嗟に
と、訊ねた。
他に聞かなくてはならないことがあるはずなのに、どうしても知りたかった。
彼女は歩みを止め、こちらを振り返り、面食らったようにぽかんとした表情を見せた。
その両手には、矢に射抜かれた頭蓋骨が大事そうに抱えられている。
水骨は、ぱっと花が咲くような可愛らしい笑顔を浮かべて
次に、瞼を開けると
そこには、もう何千もの頭蓋骨たちも、黒髪の妖怪もいなくて。私は咲き誇る百合の上に立っていた。
心地よい風と白い百合の花びらが頬を撫でる。
駆けてきた夜鈴が、その勢いに任せて私に抱きついてきた。
突然のことに、反応できなかった私はそのまま夜鈴に押し倒されて、地面に頭と体を打ちつけた。
思わず、「いた…っ!」と悲鳴を上げる。
夜鈴はそんなのお構いなしに、目尻に朱色の化粧を施された大きな目をキラキラと輝かせる。
そのまま、息が止まるほどに強くぎゅうっと私の首のあたりにある腕に力が込められた。
その一言で、夜鈴は私から手を離した。
私は、ズキズキと痛む頭を労わるように押さえながらゆっくりと上半身を起こす。
声をかけられて、顔を上げる。
最初に目に入ったのは、鬼幽と夜鈴の赤黒い血に染まった服。
その次に、腕から手のひらにかけて垂れた形跡のある乾いた血。
そして最後は、鬼幽に背負われた男の子。
どうしよう!?この近くに病院ってあったっけ!?
なんて、こんなに大量の血も大怪我も人生で初めて見た私は慌てふためく。
怒りと苛立ちを含んだ声で眉間に皺を寄せながら、鬼幽は言った。
夜鈴は、私の言葉に胸がじーんと暖かくなった。
と、勢いに任せて私に抱きつく。
「あ、これデジャヴ」なんて思った時には体が地面へと傾き始めていた。
この後のことは、容易に想像できた。私は衝撃に備えてぎゅっと瞼を閉じる。
その直後、硬い何かに頭をぶつけて、肩を誰かに掴まれた気がした。
想定していた衝撃が襲って来ないこと。
私の顔に影がかかっていることを不思議に思った私は目を開けて、顔を上げる。
すると、黒い瞳と目が合った。
私が逆ごぼうと言った途端、二人の表情が強ばる。二人ともゴボウ嫌いなのかな。
私もゴボウはちょっと苦手。
そして「他には?」と聞かれ、思い出そうとするが記憶がバラバラになったみたいに、ほんの一部しか思い出せない。
呆れを含んだ声で何かを言いかけて、「あー、もういいや···どうでも」と、途中で止めたらしい。
そして、私たちは山を下りた。
空は、青く広がった空をベースに、黄色やオレンジ色、赤色、紫色と鮮やかな色で彩られていて、絵画のように美しい。
そう言うと、夜鈴は塚本さんの家の方角へと歩き出した。
春翔くんちゃんと瑛生くんに謝れたらいいな、なんて思いながら二人の後ろ姿をぼんやりと眺めていると、肩をぽんと叩かれた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!