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第4話

【③スポーツイケメン現る】
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2019/03/27 01:09
一時限目、数学。
窓際というベストポジションから遠ざかった真ん中の席というなんとも魅力のない位置に座る私が、いそいそと数学の準備をしていたときだった。
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
やばい! 俺今日当たってんのに問題やってない!
そりゃ大変だ。
数学担当の鰐淵先生は、厳しい指導で有名だった。今騒いでいる彼がそうであるように、当てられた問題をやってこない生徒には蔑んだ視線と冷たい言葉でこれでもかと責めてくる。彼の精神攻撃に耐えられた生徒に、私はいまだお目にかかれていない。
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
なあなあ吉村、問4やってない!?
吉村 里穂子
吉村 里穂子
いきなり話しかけてきたのは問4をやっていない岩迫いわさこ君だった。イケメンオタク五味と同じテニス部である。私の名前を知っていたことにびっくりして、かなり挙動不審になってしまった。
吉村 里穂子
吉村 里穂子
……やっ、てない、けど
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
うわーやばいっ
今は絶望的な顔をしているが、笑顔が素敵だとよく女子の間でも話題に上る男子だった。彼を好きだと公言する女子は実に多い。五味はともかく岩迫君はまっとうなイケメンであったため、初めて話しかけられた私がビビるのも仕方がなかった。
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
吉村、数学得意だったよな?
吉村 里穂子
吉村 里穂子
あー、うん、まあ
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
頼むよ、教えてくれない? ジュース奢るからさ!
人見知りな私と違い、岩迫君は初会話ながら実にフレンドリーであった。イケメンの社交力パネェ。私なら知らない人間に教えを請うぐらいなら先生に怒られるほうを選ぶ。
女子
吉村さん、教えてあげたら?
中々返事をしない私に、別方向から声がかかる。岩迫君の隣の席の女子だった。声が尖って聞こえたのは気のせい、だと思いたい。
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
時間がない! 頼む!
吉村 里穂子
吉村 里穂子
……分かった
ルーズリーフを一枚取り出し、問4を解きはじめる。基本的に予習復習はしないが、今のところ数学を苦に思うことはなかった。オタクは文系ばかりではないのだよ。
吉村 里穂子
吉村 里穂子
できた。どうぞ
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
助かった! ありがとう!
女子
よかったね、岩迫くん
私に注がれた女子の視線が一瞬ものごっつい冷たく見えたのは果たして被害妄想だろうか。女子怖いほんと怖い。
恐怖に身を縮ませていると、ちょうど一時限目開始のチャイムが鳴った。
    
放課後になると、私はいつものように漫研の部室にいた。
キタちゃんと漫画の打ち合わせをしていたところに、珍しく五味から電話がかかってくる。
吉村 里穂子
吉村 里穂子
もしもし、どーした五味
五味 貴志
五味 貴志
ちゅーっス、リホ先輩。岩迫先輩に代わりますね
吉村 里穂子
吉村 里穂子
は? え、ちょっ、
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
吉村? おれおれー
五味てめぇこっちは心の準備ができてねえんだよ! てか当たり前だけど声が近いっ。男の子と電話するのは連絡網ですら緊張する私に、これはいきなりハードルが高すぎるっ。
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
あれ? 吉村聞こえてる?
吉村 里穂子
吉村 里穂子
……き、聞こえてます。なんでしょうか
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
今日の朝、ジュース奢るって言ったじゃん。なのに昼どっか行っちゃうし、だから放課後奢ろうと思ってさ
吉村 里穂子
吉村 里穂子
あー……
本気で奢ってくれるつもりだったのか。どうせイケメンのその場しのぎの台詞だろって思ってました、すいません。
吉村 里穂子
吉村 里穂子
じゃあそこにいる五味に渡しといてくれていいから
テニス部が終わると、たとえどんなに短い時間でも五味は漫研に顔を出す。パシリに使って悪いが、ほとんど話したことがないクラスメイトよりも後輩の五味のほうが普通に話せるのだ。私のコミュニケーション能力の低さをなめるな。
しかしである、ここからが真のイケメンの本領発揮であった。
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
そんなのダメだって。お世話になったんだからさ、俺が直接渡したいんだけど。あ、じゃあ、今休憩中だからそっち行っていい? 旧校舎の二階だったよな
やめろぉおおおおお!!
何を好き好んでテニス部のイケメンエースをこの腐海に招かねばならない。ていうか机の上にネームが散らばってんだよ、何かの拍子に目に付いたらどーすんだ。
吉村 里穂子
吉村 里穂子
ダメ! ぜったい!!
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
え、なんで?
吉村 里穂子
吉村 里穂子
なんでも!! 岩迫君だってベッドの下覗かれたくないでしょ!!
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
漫研ってそんなヤバいものが隠してあんの?
ヤバいのベクトルが違うがそんなものだ。私は彼に旧校舎の玄関ホールに来てもらうようお願いすると、キタちゃんに断ってから部室を飛び出した。
吉村 里穂子
吉村 里穂子
わざわざ、どうも、
息を切らしてやって来た玄関ホールには、岩迫君以外の生徒の姿は見えなかった。ユニフォーム姿の岩迫君を見て、某王子様を思い浮かべた私に罪はない。
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
じゃ、買いに行こっか
吉村 里穂子
吉村 里穂子
え、買ってないの?
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
だって吉村の好きなジュース知らないもん
この気遣いよう、五味に見習って欲しいものである。
あいつは二次元に重きを置いてるからか、三次元の女の子の扱い方がけっこう雑だった。だから平気で女ばかりの漫研に入ってきたのだろうが。
自販機まで一緒に行った私に、岩迫君はどこまでもイケメンな振る舞いをした。八十円やそこらの紙コップのジュースだろうと思っていた私に対し、彼はペットボトルのジュースを買おうとしてくれたのだ。
吉村 里穂子
吉村 里穂子
え、いや、悪いよ
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
あの問題の答えは百五十円以上の値打ちがあるって
吉村 里穂子
吉村 里穂子
でも高校生の百五十円はけっこう痛いよ。もっと自分を大事にしなよ
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
さっきの電話もそうだけど、吉村って面白いこと言うよな
そこでニコっと笑うかー!
面白人間扱いされたがまあいい、その笑顔プライスレス。お言葉に甘えてペットボトルの『よっちゃん白ぶどう味』を買ってもらった。戻ったらキタちゃんと半分こしよう。
吉村 里穂子
吉村 里穂子
じゃ、私はこれで
岩迫 総一郎
岩迫 総一郎
うん。また頼むな
またがあるのか。
どんな顔をしていいのか分からなかったので曖昧に笑っておく。こんなイケメンとの接触なんてどうせこれきりだろうと高を括って。
以降、私の高校生活において岩迫君とは深く付き合っていくことになるんだけれど、ジュース一本で浮かれていた私にそんな未来が想像できるはずもなかった。