第3話

【②キタちゃんと、】
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2019/03/18 10:23
どうもリホコです。しがないオタクです。
奮発してペイントソフト買ってよかったと思う今日この頃。
漫画を描くのもデジタルの波がやってきている。トーン貼りでひいひい言っていた昔から一転、今はデジタルトーンという便利なものも登場した。お陰で前ほどトーンに金銭を持って行かれるということがない。ペン入れの大変さは変わらんが。
リホ、ゲーム
パソコンに向かって作業をしていると、いつの間にか部屋に妹が入ってきていた。勝手にクローゼットを開けて、ゲームがある棚をRPGの勇者のように漁っている。あと私はゲームじゃない。
吉村 里穂子
吉村 里穂子
ノックもしない奴には貸しませーん
うるせえオタクっ、いいから貸せよ
吉村 里穂子
吉村 里穂子
貸してくださいお姉ちゃんって言えたら貸してやる
誰が言うか。持ってくよ
吉村 里穂子
吉村 里穂子
別にいいけど。今度あんたの友達が来てるときに部屋に乱入してやる
できないがな。あんたの友達怖いし。
……貸してくださいお姉ちゃん
吉村 里穂子
吉村 里穂子
いーよ
最後に舌打ちしたけど許してやる。
そう、会話から分かるようにこの姉を姉とも思わないこいつが我が妹である。ギャルメイクを落とした今、眉毛が半分ないのが滑稽だ。
また漫画描いてんの
吉村 里穂子
吉村 里穂子
うん
キモっ
吉村 里穂子
吉村 里穂子
はいはい
ここは穏便に済ませるのが吉である。下手に反発しようものなら、やつは頭を一ピクセルも使ってないような罵詈雑言を吐き散らしパソコンを殴ってくるからだ。妹よりもはるかに繊細で高価なパソコンのためなら私は何を言われてもかまわない。
ソフトも持ってくからね
最後まで偉そうに振る舞うと、妹はやっと出て行った。しかも扉は開けっ放しという、無礼もここまでくると後はため息しか出てこない。

それにしても夏の祭典に向けてそろそろ動きだすべきだな。まだ三ヶ月以上はあるけど今年は新刊三冊出したい。キタちゃんもがんばるって言ってたし、そうだサイト見てみよう。
このネット時代、自家生産するオタクであれば自分のサイトをひとつは持っているものである。マリちゃんは読み専だと言っていたが、真実はどうだろう。五味は知らん。

一旦データを保存し、ブックマークからキタちゃんの小説サイトへアクセスした。更新を確認してみると、今一番たぎっているという作品の二次小説をアップしている。緩む口元を押さえながらキタちゃんの小説を読み始めた。
最後まで読み終わると、私は椅子の背もたれに寄りかかって、キタちゃんの小説の読後感に酔いしれた。

ああもう、なんでこういうのが書けるんだろう。キタちゃんの書く小説の恐ろしいところは、原作を知らないのにのめり込んでしまうところだ。そのせいでこれまでに何度、原作漫画を買いに走ったことか。

キタちゃんは将来、小説家になりたいのだという。笑っちゃうよね、と言っていたけど私は笑わない。笑えない。だって私も漫画を描いて生きていきたいから。

険しい道だということも、そう簡単に叶えられるものでもないということも分かっている。でも夢なんだから何を言ったっていいはずだ、言うだけならタダである。
キタちゃんのことを考えていたまさにそのとき、彼女からのメールが携帯に着信した。タイトルには『頼みがある』とあった。

なんだなんだとメールを開き、本文を読んだ私はニタ~と笑った。さっそくキタちゃんに電話をかける。
吉村 里穂子
吉村 里穂子
もしもしキタちゃん?
北川 麗華
北川 麗華
メール見た?
吉村 里穂子
吉村 里穂子
うん、見たよ。ていうか、実は前からやりたいなあとは思ってたんだけどね。でも私から言えるもんじゃなかったし
メールの内容は、今度のイベントで出す小説本の表紙絵を私に描いてほしいというものだった。それまでキタちゃんが出していた同人誌の表紙はタイトルのみ。シンプルのひとことに尽きていた。中身は漫画ではないのだからいいかもしれないけど、キタちゃんの一番のファンを自認する私としては、表紙描きたいなーでも言えないなー、という思いをここ一年ほど胸に隠してきたのである。
北川 麗華
北川 麗華
じゃあ、いいの?
吉村 里穂子
吉村 里穂子
いいよいいよ! でさ、ついでと言ってはなんだけど、キタちゃん
北川 麗華
北川 麗華
なに?
吉村 里穂子
吉村 里穂子
キタちゃん原作で漫画を描きたいんだけど、だめ?
数拍遅れて携帯の向こうからキタちゃんの叫び声が聞こえた。ときどき高校二年生とは思えないほど冷静な彼女にしては珍しいくらいの取り乱しっぷりに、私は少し驚いてしまった。向こうはもっと驚いたらしく、家族を巻き込んでの騒動が携帯越しに聞こえてくる。

数分後。キタちゃん原作、絵は私の、漫画の制作が決定した。

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