第2話

事実は小説よりも奇なり。
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2021/03/02 14:13
雑踏を合図に目が開く。

目が空いたところで体は起きずじまいだが。

音楽は好きだ。

何も歌詞がいい、旋律がいい、なんて専門家気取りの意味は無い。

全てから目を逸らして自分が1人だけになったような気になる。と言うだけだ。

聞こえる歌声が全て、彼女のものなら。


そんな不埒な思いを寄せつつ、時計に目をやる。

夜中の3時。

中途半端な時間だ。

起きるには早すぎるような気がするが、寝るには朝起きれる確証がない。

暫くゴロゴロしながら時間を潰すか。

結論は結局それだ。

することなんて限られるし。

あと1週間、僕は何をして生きようか。

学校でこの病気は隠さないとな。

僕は俗に言う陽キャ属性ではない。

どちらかと言えば陰キャだ。友達だって1桁程度しかいない。

まぁ、ぼっちだしな。友達だって小学校から変わっていない。

さすがにやばいのだろうか。

気にしたところであと少しで死ぬけど。

あぁ、最後に1度くらい彼女に話しかけてみたかったな。

あわよくばあの鈴のような愛らしい声で歌って欲しかった。

僕は生まれつき耳が良かった。

周りの音を音階にして聞き取れたし、小さな音も拾うことが出来た。

そのせいか、静かなところなんて僕にはなくなったんだ。

ずっとなにかの音がする。

風、雑踏、近所のおばさんの甲高い話し声に、隣の部屋のおじさんの咳払い。

聞いていて頭が痛くなるんだ。

ずっと耳から情報が流れ込んでくる。

処理するので精一杯。着いていけない。

耳を塞げば自分の血流の音や筋肉の収縮の音がする。

そんな中彼女の声なんて聞き取れるはずがないのに。

1度でいいから彼女の歌声で、


僕の鼓膜を揺らしてみたかった。








2日目の朝。

いつもより早めに起きて学校に向かう。

別に何か目的がある訳では無い。

何故か足が、頭が、体が、動いていた。

教室のドアを開けるとガラガラっと音がする。

ドとソか。

聞き慣れている音階に少しだけ気を置いてみる。

特に意味は無い。

教室には誰もおらず、自分の席にカバンを下ろした。スクリュータイプのものを買ってもらったのに使いきれなかった。

あと余命6日の高校1年生の僕の朝。

これでいいのか、?と疑問を持ちつつも変えようが無い。これが僕だから。

そう自分に言い聞かせ、特に意味もなく予習を始めた。

数Aの教科書を開き今日の授業範囲を確認する。

ふと、外からピアノの旋律が聞こえた。

すごく不恰好で途切れ途切れのリズム。

ドソシレドラ シラシレシミソ

きっと気まぐれで引いているのだろう。

メロディーしかない状態の、テンポも揃っていない曲だ。

でもどこかに魅力を感じたのか、脚が動いた。

東校舎3階。第2音楽室。

普段の選択授業で使う教室で、吹奏楽部は第1を使っているから吹奏楽部の人間ではないだろう。

いまは朝練の時間だ。ピアノなんて流暢にしてる場合ではない。

シルエットがぼやけて見えた。

逆光だから顔は見えないが見覚えのあるシルエット。

多分向こうは僕に気づいていないんだ。

おはよう位なら言っても許されるだろうか。

「・・・おっ、おはよう。」

僕が声をかけると、ピアノを弾いていた人は顔を上げた。

「おはよう、。もしかして、樺菜都くん、?」

「僕の名前、知ってるのかい?」

「えぇ、だってクラスメイトだもの。」

そう言ってピアノを弾いていた子はピアノの前の椅子から立ち上がり小首を傾げた。

多分微笑みかけてくれたんだろう。

声で気がついた。ピアノを弾いていたのは、

彼女だ。

どこかで見た事のあるシルエット。

そりゃそうだ。ずっと目で追ってしまうんだから。

彼女に話しかけてしまったことに対しての罪悪感が激しく、やってしまった。と喪失感に駆られる。

「ねぇ」

彼女から問いかけが飛ばされた。

「なに、?」

「私の名前は?」

突飛な質問に驚きが隠せなかった。

「僕なんかが呼んじゃ、ダメだから。」

「何で?」

「君は綺麗だから。醜い僕が隣にいたらきっと君まで悪く言われてしまうから。」

「そんなことないと思うけどな。」

「そうだから言ってるんだよ。」

押し問答になりかけた。

もうどうでもいいやという気持ちが出てきてしまった。

「兎に角、僕は君といちゃいけないから。じゃあね。」

散々にクサいセリフを吐き、挙句の果てに拒絶なんて最低だ。きっと嫌われた。でもそれでいいや。

話せなかったって未練は持たずに済む。

今日は好きなはずの現代文の授業も長く感じて、一日が長かった。

今日は、彼女を目で追えなかった。

追わなかったが1番正しい。

布団に入り、入睡するまでの間は反省会になるかと思っていたがそえでもなかった。

「どうでもいいや。どうせ死ぬし、これが正解なんだ。」

と、突きつけられた己の愚行に対しての正当化の為の言い訳を心で唱え続けた。











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