──飲み屋街を真っ直ぐ進んで3つ目の角。その路地を進むと、『立ち入り禁止』の張り紙があります。そこを更に奥に進むと、やや広い空間に出ます。そこは、人の感情が吹き溜まり呪霊が湧いているそうです。
''推定2級以下の呪霊が群れているようなのでリハビリがてらには良いと思う。たまに紛れてる1級は七海さんが倒して''と、五条さんからです──
日当たりの悪い、薄暗い細道を進む。
ようやく道を抜けると、伊地知が言っていた通り、若干広い空間に出た。周りはコンクリートの建物に囲まれている為光は通っておらず、視界が暗い。
呪霊が全く居ない。
しかし、かなり強い呪力を感じる。
それから──
突然、奥の暗がりから現れた、おそらくこの充満した強い呪力の根源。
青紫色で人型。目には穴が空いている。しかし、こちらをしっかり視認できているようだ。
また、刀のように鋭い『爪』を持っている。
若干震えた声で、名を呼んだ。
口を手で覆っているあなた。
夏油あなたにはただ、感覚が訴えてくる。
その存在感と、気味の悪さを。
目を丸くするあなた。
七海は辺りを見回しながら口を動かす。
あなたの瞳孔が揺れる。
奇声を発しながら襲いかかってくる。
あなたの目は、呪霊に追いつかない。
気付いた時には左腕を切られ、背後に居た。
反転術式で回復する。
ようやく気が付いた。
自分の息が上がっていることに。
呪霊に目が追いつかなかったのは、自分の焦りからだったらしい。
久しぶりで緊張しているのか。
目の前に居る呪霊が怖いのか。
七海の方へ目線を向けていたあなたは、首元にまで呪霊が迫ってきたことに気が付かなかった。
攻撃が入る寸前で七海が間に入ったことが、辛うじてあなたの命を繋ぐ。
あなたは悔しそうに歯を食いしばったまま、その場から動こうとしない。
呪霊は、徐々にスピードが上がっていっている。七海さえも目が追いつかなくなる程になるまでに、そう時間はかからないだろう。
七海は、そんな呪霊を相手にしながら、あなたへ更に声をかけた。
眉を下げて泣きそうになりながら、七海を見る。
葛藤する脳内。
──せめて、これ以上の足でまといにはなりたくない。
あなたは急いで携帯を取り出した。それは伊地知へ報告する為。
しかし──
その場にへたり込むあなた。
携帯は繋がらない。呪霊が祓われるまで、帳の外には出ることもできない。
ただ、何も出来ず、七海と呪霊の戦闘を見ているだけの時間が流れる。
──早く動け。
相手は特級。2人で戦わなきゃ、勝ち目は無い。
トラウマだなんて言ってる場合じゃない。
足が震えて動かない。
参戦しようとしても、''あの時''がフラッシュバックして動けなくなる。
特級呪霊に覆い被さられた、死ぬ寸前まで追い詰められた──''あの時''。
死というものに近付いてしまって、実感が湧いたのだろうか。
「死にたくない」
そんな思いが強く、あなたの行動を拒んでいる。
呪霊は、そんなあなたに流暢に考える暇を与えようとはしなかった。
呪霊の爪が七海の横腹へ、深く刺さった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!