夜も更け、時刻は午前2時。
さすがに、この館の住人達も眠りについたみたい。この時間になるまでまたあの人たちに振り回されてばっかりだったけど…もうそれも終わりだ。
私は布団から出て、荷物を持って静かに部屋を出た。やっぱり準備しておいて正解だった。
部屋の外の闇は深く、月明かりだけに照らされていた。なんか不気味…… 部屋にいた方がいいのかな、やめようかな なんて一瞬思ったけど
そんなの出来ない。帰らないと。
自分の部屋から玄関までの道はちゃんと覚えてる。そこは優秀だぞ私。
音を立てないようにゆっくりとゆっくりと歩く。
私は扉を開けて、やっと外に出た。
ふわっと香る木々の匂いと夏の生暖かい風に何年も外に出ていなかったような感覚がした。外は館内より明るいはずなのに…少し不安になる。
大丈夫だよ、ここまで来れたんだもん。帰れるよね。帰れるよ……
勇気を出して私は森の中へと入った。
車でずっと真っ直ぐ来たんだから、まっすぐ行けばいいよね。
車で通った道があるから……道が………
道があるはずの所へ向かっても、そこには道がなかった。どんなに探しても、目の前は真っ暗な木々だけの同じ景色。
そんなはずない、そんなはずは!
……1回館に戻ってみよう…。
そう思い振り返ると、後ろにあったはずの館はなく、私は森の中にいた。
そんな、1歩も動いてないのに!
急にここに飛ばされたかのように私はポツンと森の中に立っていた。なんで、なんでよ……
こんなんじゃ道なんてわからないじゃん!
どうしよう、
ガサガサ……
と、後ろから聞こえてきた物音。
……なにか、いる。
ガサガサ……ガサガサ……
その音は次第に広がっていき、四方八方から聞こえてきた。
草むらの奥に潜む何かの目が黄色く光る。
それは唸り声をあげながら次第にこちらに近づき、闇に包まれていたそれが月明かりに照らされ姿を現した。
それは、見たことの無い生き物だった。
狼よりもはるかに大きく、ライオンのようなその容姿なのに顔だけが……人間のようだった。
なに、こいつ、なに……
そいつは私にどんどん近づいてくる。
逃げようにも、後ろからもそいつと同じ声がしてどうにも動けなかった。
逃げなきゃ。そう思っても恐怖で動けない。
叫び声もあげることも出来ず硬直してしまう。
だめだ。私はここで食べられちゃうんだ。
恐怖の涙が目から落ちた瞬間、そいつは私に飛びかかってきた。
衝動的に目を瞑って受け身になる。
ああ、おじいちゃんおばあちゃん。ごめんね。
グァァッ!!!
………??
獣らしき唸り声が一瞬聞こえた。
何も起きない、あれ、私もしかして一瞬で死んだのかな。
私は恐る恐る目を開けた。
………驚きすぎて声が出なかった。
目の前に広がっていた光景。
さっきまで私を襲おうとしていた獣は地面になぎ倒されていた。
そして獣の上に覆いかぶさっている人間。人間……なの…?
その人はゆっくりと起き上がり、私の方を見る。
そこに居たのは、目を赤く光らせ口元を血に染めた……
ソンウだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!