【あなたside】
壱馬くんと美紅ちゃんの関係について知ったあの日から、数日後の放課後。
たまり場でみんなとすごしていると、壱馬くんの携帯がなった。
神妙な顔をしながら小声で話しているかと思ったら、あっという間に通話を切る壱馬くん。
そう言いつつも、いつもと違う壱馬くん様子が気になる。
私は、壱馬くんが行って少ししてから、トイレに行くフリをしてこっそりと後を追った。
階段をおりて、たまり場の出口からそっと外の様子をうかがうと、バイク置き場の横に佇んでいる壱馬くんの後ろ姿が見えた。
その向かいにいるのは……美紅ちゃん。
どうして?
なに……話してるんだろう?
いつもとは違う雰囲気のふたりの会話に、行けないと思いながら耳を傾けてしまう。
……すると。
美紅ちゃん……。まだ、諦めてなかったんだ。
壱馬くんの言葉に、ホッとしたのもつかの間。
美紅ちゃんはギリッと歯を食いしばって壱馬くんの目を見た。
えっ……!?
思わず声を上げそうになって、口を抑えていると。
そんな、壱馬くんの冷静な声が響いた。
壱馬くん……。
胸が、熱くなった。
私のためにそこまでしてくれるなんて……。
切り捨てるように言ったその言葉は、きっと並大抵の覚悟で言ったことじゃないと思う。
美紅ちゃんを救った自分と、それに捕らわれてしまった美紅ちゃんの恋心を全部打ち切る言葉だから。
私がその場で動けずにいると、ふと、美紅ちゃんと目が合ったような気がした。
あれ……今もしかして、笑った?
壱馬くんに視線を戻し、つぶやくようにそう言った美紅ちゃん。
美紅ちゃんの声には切なさが混じり、涙が溢れているのか、少し嗚咽まじりで、壱馬くんに自分の想いをぶつけている。
その言葉に息が止まりそうになった。
えっ……?
そう言って、1歩壱馬くんに近寄る美紅ちゃん。
美紅ちゃんはちらりと私を見た。
光を宿していないの目に背中がぞくりとする。
次の瞬間壱馬くんが動き、私はたまり場の階段に向かって走った。
これ以上ふたりを見ていたくない。
美紅ちゃんの過去、壱馬くんの気持ち、そして私の気持ち……。
すべてがごちゃごちゃに混ざって、泣きたくなるような衝動にかられる。
……壱馬くんを信じていないわけじゃない。
それでも『死ぬ』とまで言った美紅ちゃんを止めるためなら、優しい壱馬くんは美紅ちゃんを抱きしめて『好き』って言ってしまうかもしれない。
もちろん、壱馬くんが美紅ちゃんといるのは耐えられない。
でも、それをやめる代わりに美紅ちゃんを抱きしめるのは、もっと耐えられない……。
自分のわがままな、独占欲に溢れた心がイヤになる。
もう、なにも考えたくない……。
私は決して振り返ることなく、みんなの元へ戻った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!