私の1歳上のお兄ちゃん、白濱亜嵐は……白濱家の長男で、いつもプレッシャーに押しつぶされてた。
白濱家の名を汚さないように、学校では1番であるように、品性を保つため節度ある行動をとるように……。
他にもたくさんのことをパパやママ、さらに親戚一同に言われてた。
成績は常にトップだったし、スポーツだって万能。
礼儀正しくて上品で紳士的。
そんな人を……演じてた。
私の前でだけ、素を出してくれて……。
本当はもっと活発なスポーツ少年だったんだ。
毎日学校からの帰りの車で、お互いに今日あった出来事を話したり。
家では一緒にテレビゲームをしたり、お喋りをしたり、時には勉強を教えてもらったりもした。
パパとママは私たちがまだ幼い頃から忙しくしてたから、お兄ちゃんは私の心のよりどころでもあった。
そんなある日、中学生になったお兄ちゃんが夜に1人で街に出たことがあった。
というのも、うちで開かれたパーティーを抜け出してちょっと気分転換をしたかったらしい。
昔から上手に抜け出してたから、私もそんなに気にする事はなかった。
けど無事に抜け出して街に出たあと、運悪くガラの悪い人達に絡まれてしまったらしい。
それでも昔から習っていた武道の腕前を活かして、相手をあっという間にねじ伏せた。
その様子を見ていたのが、暴走族の1人だった。
お兄ちゃんが絡んできた人を倒し終えると、その人が声をかけた。
『お前、暴走族に入らないか?』
初めはお兄ちゃんも訳が分からないと思ってたみたいだけど、そこに沢山の仲間がバイクに乗って現れたんだとか。
その光景に、どうやら一目惚れしてしまったらしい。
武道の腕と生まれ持った頭の良さを活かし、お兄ちゃんはあっという間に暴走族の総長にまで上り詰めた。
総長になってからも、家には帰ってきたし、私と普通に話をしてくれた。
私にはもちろん、パパとママにも、そのことは伝えてなかったと思う。
そもそもその頃は2人ともすごく忙しい時期で、私たちのことをかまっている暇はなかった。
だからお兄ちゃんは学校では周りの期待にしっかりと応えていく優等生、放課後は暴走族の総長というふたつの顔を持っていた。
でも、私はお兄ちゃんが夜な夜な外に出ていくことに気づいていた。
何しに行ってるんだろう?
そう思ったけど、お兄ちゃんが私に話さないのは知られたくないってことだから、そっとしておいた。
そんなある日、話題になっていた流星群がどうしても見たくて、警護の人と一緒に外に出て、夜の散歩を楽しんでいた。
夜風がそっと吹き抜け、少し肌寒い日。
夕立が降った後で、全てが洗い流されたような美しい夜空には星がキラキラと瞬いていた。
そんな時、ちょっとしたイタズラ心が芽生えた。
ここを抜け出して、1人になったらどうなるだろう?
そう思った次の瞬間、私は駆け出していた。
警護の人は慌てたように追ってくるけぉ、私はおかしくてたまらない。
パーティーを抜け出す常習犯のお兄ちゃんならともかく、妹の私までそんなことするなんて!
けど、そんな浮き足立った心はすぐに奪い去られた。
目の前に並ぶ、沢山の不良。
『お前、白濱亜嵐の妹だな?』
なんで……お兄ちゃんの名前を?
虚勢を張って何とかそう答えると、不良たちはニヤリと笑った。
『よし、やれ!』
そう言ってその人たちが私に飛びかかろうとする。
恐怖と混乱のあまり、私は動けない。
どうしよう、どうしよう!?
お兄ちゃんっ……!
ぎゅっと目をつぶった時。
男の人にしては高い声がして、そっちを振り返る。
『誰だ、お前』
え……?
どうして私の名前……。
っていうか護衛係って?
『吉野……北人?』
『おい、もしかしてこいつ、あの白濱亜嵐の右腕とかいうやつじゃ……』
え、右腕?
そう思っていると、北人くんはにっこりと笑った。
かと思えば、
ひぃいいいい!!
かわいい顔から発せられたとは思えないドスのきいた声に、不良さんだけでなく私まで震え上がった。
『お、覚えてろー!!』
それだけ言うと、不良さんたちは風のような速さでさっていってしまった。
北人くんのやさしい声にほっとしたのをよく覚えてる。
その後少し話してみて初めて、お兄ちゃんが暴走族に入り、総長になった経緯がわかった。
そうなると、私は総長の妹だから敵に狙われやすい立場になるわけで、今回みたいなことがないようにって北人くんが私の護衛係になったらしい。
グッと親指を立てる北人くんは、見かけによらず、どうやら相当強いらしい……。
この後、警護の人がいるところまでおくりとどけてもらってこってり絞られて落ち込んだけど、それよりもお兄ちゃんの素顔が知れた安心感の方が大きかった。
だから、北人からの報告を受けてただろうけど、お兄ちゃんは私に何も言ってこなかった。
暴走族と聞いて最初は怖かったけれど……それでも、お兄ちゃんの表情が日に日に明るくなっていくのを見て、安心した。
きっと、お兄ちゃんはお兄ちゃんなりの、居場所を見つけられたんだ……って。
相変わらずゲームをしたり、おしゃべりしたり。
本当に楽しい日々だった。
こんな日がずっと続けばいい、そう思ってたのに。
……お兄ちゃんは、仲間を守ろうとしてケンカで死んでしまった。
その事を知ったのは、なんてことない平日の夕方。
いつも通り学校から帰ってきて、疲れた身体を休めようと本を開いていた時だった。
突然廊下が騒がしくなって『なにがあったんだろう?』と思って顔を上げると、私の名を呼ぶ声がした。
この声、北人くん……?
絶叫するような声を聞いて、執事が止めるのも聞かずに声のする玄関まで行くと、足を引きずるようにして、歩いてるのもやっとといった感じの北人くんが警備の人に捕らわれていた。
その顔には、あちこちにガーゼが貼られていて、アザもできている。
慌てて警備の人に解放するように伝え、とりあえず1番近くの部屋から持ってきたイスに北人くんを座らせる。
うつむいている北人くんの顔を覗き込むと、その口がゆっくりと開いた。
……北人くんが震える唇でそう告げた時、私の頭は真っ白になった。
どういうこと?
お兄ちゃんが、死んだ……?
自分の心を落ち着かせるように、何か事件が起こったことを裏づけるような北人くんのケガから目をそらしていうと、彼は苦しそうに顔を歪めた。
仲間を庇って死んでしまった……?
やだ、そんな言い方をされたら本当に信じちゃうじゃない。
あの優しいお兄ちゃんなら、仲間を守るためなら自分の命さえいとわない。
そういう人だもん。
震える声でそう言うと、北人くんは真っ赤な目を私に向けた。
北人くんのその言葉に、私は膝から崩れ落ちた。
北人くんがその理由を執事に伝えるまでもなく、病院から電話がかかってきて、お兄ちゃんが死んだことを屋敷にいる人たち全員が知った。
出張中だったパパ達にもその連絡が行き渡り、急遽帰国して病院へ。
北人くんはどうやら、連絡先を教えそびれていた私にこのことを伝えるために病院から抜け出して来ていたようで。
一緒に病院に行くと、私たち一家は、神妙な面持ちをした院長に導かれて霊安室へと向かった。
そこで私が見たのは、もう動かなくなったお兄ちゃんだった。
ポツリとつぶやいた私の声は、泣き崩れたママの絶叫にも似た声にかき消された。
パパは自分も唇を噛みながらそんなママを支えて、一度霊安室を出る。
そこされた私は、院長にお兄ちゃんの顔にかかった布をとってもらい、その顔を見た。
いつもキラキラと輝いていた目はしっかりと閉じられ、私が何度呼ぼうと決して開けられることは無い。
これって現実なの?
もしかして私、夢見てるんじゃない?
ねえお兄ちゃん。
私ね、今すごく怖い夢見てるの。
お兄ちゃんが死んじゃう夢。
バカみたいだよね。
お願い、早く目を覚まさせて。
お話してる時につい居眠りしちゃった時みたいに、優しく揺り起こしてよ。
だけど、何度見ても、何度頬をつねっても、目の前の景色は変わらない。
私はお兄ちゃんの遺体を前にただ呆然として、何も考えられなかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。