土曜日。
夜、お風呂上がりに電話がかかってきた。
相手は……え? 壱馬くん?
慌てて携帯を耳に当てる。
少しの沈黙。な、なんだろう……?
思わず間抜けな声がでた。
出かけるって……出かけるって……。
わわぁぁあああ!
壱馬くんからデートのお誘い!!
空いてなくても無理してでも空けるよ!!
震える手で電話を切った。
デート……明日デートするんだ……。
どこ行くのかな?
……って、服!服決めなきゃ!
うーん……これがいいかな。
私が手に取ったのは、紺色のチュニック。
前にリボンがついていて、ふわっとしたシルエットがお気に入り。
うん、これに白のボトムスで決まりっ。
私は明日のことを考えながら、眠りについた。
翌日。
ま、まずい、まさかの寝坊!
もうやだ、なんでアラームならなかったんだろう!?
慌てて顔を洗って、30秒で着替え。
昨日用意しといてほんとよかった……。
バッグに必需品を入れ、キラキラと輝くビジューがついたバレッタでハーフアップにする。
あとは……あ、色つきのリップだけ塗っておこうかな。
そうして10分で支度完了。
ふう、なんとかなった……。
__ピーンポーン。
鏡の前でササッと身だしなみをチェックして、バッグを持った。
少しだけヒールのある歩きやすいベージュのショートブーツを履いて、家を出る。
壱馬くんはポカーンとして私を見ている。
そっぽを向きながら言う壱馬くん。
私まで、かあっと頬が赤くなった。
とは言っても、壱馬くんのほうがカッコよすぎる。
シンプルな白いVネックのシャツに、カーディガンを羽織り、黒のジーンズを履いた壱馬くん。
私服姿は何回か見たことあるけど、久しぶりに見たからすごくドキドキする。
季節は秋……結構いいかもしれない!
人も少ないだろうしね。
うーん、そうだなぁ……。
電車は混むと思うし車は忠さんもいるし……。
壱馬くんの運転はスピードが速いから少し怖いんだけど、せっかくだから2人きりで出かけたい……!
壱馬くんはそう言うと、足早に去っていった。
待ってると壱馬くんは爆音を響かせて私の前に来る。
ううん、と首を横に振ると、優しく笑って軽々と乗せてくれた。
そう言ってヘルメットをかぶせ『これでよし』というように微笑む壱馬くん。
やだもう私……ドキドキしっぱなしだ……。
ゆっくりと壱馬くんの腰に手を回す。
ただそれだけなのに、付き合う前にこうした時よりも胸が高鳴って、落ち着かない。
私の鼓動、壱馬くんにも伝わっちゃってるかな?
ドキドキと鳴り続ける心臓の音をかき消すように、大きな音を響かせてバイクが発進する。
でも私を気遣ってくれてるのか、そこまでスピード出さない。
そういう心遣い……凄く嬉しい。
信号が赤で止まると、密着しているのが恥ずかしくて、腰にまわした手があつくなった。
照れ隠しもあって話しかけた。
信号が変わってまた走り出す。
気持ちいいな〜。
この風を切っていく感じ、やっぱりすごくいい……。
その後も信号が止まる度にちょっとした話をして、1時間後に海に到着した。
ヘルメットを取ると、結った髪が風になびく。
バイクをおりて、壱馬くんと一緒に海岸へと向かった。
並んでま歩きながら、どうしても壱馬くんの左手を意識してしまう。
恋人同士になったんだし、手とか、繋いでみたいけど……。
壱馬くんはどうだろう?
手を繋ぐなんて、いかにも恋人っぽいことをするのは好きじゃないかもしれないよね……。
思わずかしこまった返事になってしまって、壱馬くんがそんな私に優しくフッと笑う。
眺めがいいところ……。
壱馬くんはそう言うと、そっと私の手を取った。
途端に壱馬くんの熱が伝わってきて、かあっと顔が赤くなる。
私の熱も、壱馬くんに伝わってる。
……ドキン……ドキン……。
ただ手を繋いで歩いてるだけなのに、心臓が暴れだして。
好き、という感情が溢れ出てくる。
壱馬くんも、同じように思ってくれてるかな?
そっと壱馬くんを見ると、いつもと変わらない落ち着いた表情をしてるのに、耳だけが真っ赤になっていて、ついふふっと笑ってしまった。
少し照れたようにそう言った壱馬くんの手をぎゅっと握り返して、ふたりで堤防まで歩いていった。
私と壱馬くん以外誰もいない堤防にたどり着き、壱馬くんが地平線の彼方を見て微笑む。
太陽の光に反射して海面がキラキラと輝き、海の美しさにも思わず息を飲んだ。
都心から少し離れただけで、こんなに綺麗な海が見えるんだ。
それから近くのカフェでお昼を食べたり、しゃべったり。
一日は瞬く間に過ぎていった。
ワクワクしながら壱馬くんに着いていく。
さっきより少し高い位置に立って、眺めると……。
夕日が海に浸かって、さっき見た時とはまた違う、美しい輝きを放っている。
私が微笑むと壱馬くんも微笑み返してくれた。
そう言って手を繋ぎ、嬉しさをかみ締めながら、でももう帰らなければ行けないことにどこか名残惜しさを感じながらバイクが置いてあるところまで戻る。
すると、前からガラの悪い男の人が4人歩いてくるのが見えた。
「あーまじうぜぇわ」
「ははっ、失恋とか笑える。ナンパでもすれば?」
げ、下品な人達だな……。
「お?なんかかわいー子いる〜」
早速ナンパしようとしてるし。
そう思っていると壱馬くんにぐいっと引っ張られた。
どうしたのかな?
壱馬くんを見ると、4人組を睨んでいる。
え……かわいい子って私の事だったの!?
「なになに彼氏?イッケメーン。でも俺らと遊ばねぇ?」
いやいやおかしいでしょ……。
なんで壱馬くんがいるってわかってるのに誘ってるんですか……。
「そんなこと言わずにさぁ。こいつ慰めてやってよ」
なんで私が……!?
壱馬くんの低い声。
「うっわー何様?うぜぇ……ちょうどむしゃくしゃしてたし相手してよ」
なな、なんでそうなっちゃうの!?
こっちも!?
総長の壱馬くんが降臨しちゃったじゃない〜!
「っんだとてめぇ!」
そう言って、4人組が殴りかかってきた。
4対1!?何この不利なケンカ!!
壱馬くんはそう言うと、さらっと4人の攻撃をかわした。
す、すごい。やっぱり桁違いに強い……!
目をつむっているように言われたのも忘れて思わず見惚れてしまっていると、後ろから誰かにトントンと肩を叩かれた。
振り返ると、金髪のリーダーっぽい人がニヤニヤして立っている。
な、なに……?
嫌な予感がして1歩下がると、顎をつかまれた。
「いいねぇ、もろ好み」
その途端、ぞおっと背筋が凍りつく。
そう言うと壱馬くんが私の声に気づき、振り返ったかと思うと、金髪の人の手に蹴りを入れた。
「なんだこいつ、強すぎだろ……!逃げるぞ」
そう言って4人組が呆気なく逃げていくと、壱馬くんは、はあっとため息をついた。
そう言うと私の顔を覗き込む。
そんな彼にドキドキしながらも「う、うん……」と答える。
ケンカしてるとこ見るのは2回目だけど、さすが総長ってだけあって強いなぁ……。
それに、むやみに攻撃するんじゃなくて、私を守るために最大限の防御をしてくれてるんだよね。
大切にしてもらってる事が身に染みてわかるというか。
今までも何回か助けてもらったけど、守ってもらうたびにますます壱馬くんの事が好きにって行く。
そんなことを考えていると、壱馬くんにぐっと顎をつかまれた。
ガーン……。な、なんで?
あっ、私に対してじゃなくて、そっちだったの!?
ホッとすると同時に顔が赤くなるのを感じる。
なんかすっごくきゅーんときた……。
__次の瞬間、一瞬だけ壱馬くんと唇が重なった。
ふ、不意打ち……。
あ、照れてる……。
真っ赤な顔を見て、なんだか心がほっこりと暖かくなるのを感じた。
するとますます顔を赤くした壱馬くん。
壱馬くんの照れ顔に微笑んで、私は幸せな気分で帰路についた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!