第45話

新学期と命日
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2021/01/21 08:47
新学期。



冬休みボケしている自分の顔を水で洗う。



ううっ、冷たい……っ!



けど、シャキッと目が覚めた。



顔を拭きながら、ふと壁にかけてあるカレンダーを見る。



もう1月なんだ……。



……もうすぐお兄ちゃんの命日だ……。
執事
お嬢様、お嬢様?どうかなさいましたか?
はっ、いけない、ぼーっとしちゃった。
白濱(なまえ)
白濱あなた
い、今行きます!
私は執事にそう答えて、洗面所を出て慌てて支度をした。



その日の放課後、いつも通り壱馬くんとたまり場にいくと、颯太くんと樹くんはバイクの点検をしていて、夏喜くんは髪がカラフルな人たちと話している。



なんだか忙しそう。



今日、もしかして何かあるのかな?



そんな疑問が表情に出ていたのか、壱馬くんが私の顔を見て口を開く。
川村壱馬
川村壱馬
……もうすぐ亜嵐さんの命日だろ?その日は亜嵐さんのために暴走するって決めてる
白濱(なまえ)
白濱あなた
そう、だったんだ……
川村壱馬
川村壱馬
……ああ
壱馬くんがそう言って私を幹部部屋まで連れて行ってくれて、北人くんが紅茶を入れてくれる。
吉野北人
吉野北人
はい、どうぞ
白濱(なまえ)
白濱あなた
ありがとう
北人くんのいつもと変わらない笑みに私も微笑み返して、紅茶を飲む。



あれから3年か……。早いなぁ。



カップを手で包みながら、お兄ちゃんのことを考えてしまう。



優しい眼差し、温かい手、無邪気な笑い声……。



北人くんからお兄ちゃんの死を告げられた後、しばらく信じられなかった。



こんなことあるわけない。



またお兄ちゃんに会える、また話せるって。



だけど、実際にもう動かなくなってしまったお兄ちゃんを見て、もう二度と笑い合うことはないんだと悟った時には、本当に何も考えられなくなって、泣くことすらできなかった。



長い時間をかけて今、やっとお兄ちゃんの死を真正面から受け止めることが出来てる。



時間の経過のせいもあるんだろうけど……。



ゆっくりと幹部部屋を見回してみる。



きっと、竜龍の存在を知ったからなんだろうな。



ここに、お兄ちゃんの面影があって。



そしてお兄ちゃんを慕い続ける人がいるということを知って、お兄ちゃんはみんなの心の中に生き続けてるんだって。



そんなありきたりな言葉でしか言えないけど、本当ににそうなんだと思う。



もちろん、寂しいことに変わりはない。



いつまでも変わらずそばにいて欲しかったし、いつまでも私に微笑みかけていて欲しかった。



お兄ちゃんのことを思い出すたびに泣きたくなるし、心から恋しく思う日だって沢山ある。



それでも、いつまでも泣いているままじゃ、前に進めない。



お兄ちゃんの死を受け入れて、ちゃんと乗り越えるべきなんだ。



それに、あんまり私が泣いてたら、お兄ちゃんに天国から喝を入れられそうだしね。



もしかしたら、私が壱馬くんと会えたのも、ただの偶然じゃなかったのかもしれないな。



お兄ちゃんが、うじうじしている私をたすけてくれたのかも。
川村壱馬
川村壱馬
あなた?
白濱(なまえ)
白濱あなた
あ、ごめんね、少し考え込んじゃった
壱馬くんにそう言って、少しだけぬるくなった紅茶を一口飲む。
川村壱馬
川村壱馬
命日の日、暴走はどうする?
一緒に来るかってことだよね。
白濱(なまえ)
白濱あなた
参加できるなら、一緒に行かせてほしい
川村壱馬
川村壱馬
……わかった
壱馬くんの言葉に微笑みかけて、壱馬くんの肩に頭を預ける。



お兄ちゃんの命日。



今年は悲しむよりも、お兄ちゃんが惹かれた暴走族の姿を目に焼き付けて、みんなで祈ろう。



お兄ちゃんが天国でも幸せでありますように。



いつまでも、竜龍がみんなを繋いでくれますように。



そんな思いを胸にそっと目を閉じて、潤んできた涙を隠した。








そうしてお兄ちゃんの命日。



朝からお墓参りに行って、その後壱馬くんがお屋敷に迎えに来てくれて、車で竜龍に向かった。



夜になり、竜龍のみんなが特攻服を着て下に集まる。
川村壱馬
川村壱馬
今日は亜嵐さんの命日だ。亜嵐さんのことを胸に刻み込んで、亜嵐さんのために走れ。それが今日の暴走だ
「「「「はい!」」」」



壱馬くんの言葉にみんなが頷き、中には涙ぐんでいる人もいた。



みんな、お兄ちゃんのことをこんなふうに思ってくれてたんだ……。



改めてそう気づかされて、なんだか胸があたたかくなるのを感じた。



私はいつものように車に乗り込み、忠さんの運転で発進。



壱馬くんがそっと肩に手を回してくれて.私はそれに寄りかかる。



それからライトの光でいっぱいになった窓の外を眺めた。



やっぱり綺麗……。



お兄ちゃん、天国から見てる?



天国にいるよね?



地獄にいるなんて言わないでよ?



ちゃんと、お兄ちゃんの大好きだった竜龍のみんなを見て……?



そう考えるだけで、再び涙が視界を覆う。



ああ、今年は泣かないって決めてたのに。
川村壱馬
川村壱馬
あなた……
壱馬くんはそんな私を見て、優しく包み込んでくれた。



それでもなかなか泣き止まない私に、静かに口を開く。
川村壱馬
川村壱馬
前にも話したけど、俺は亜嵐さんに誘われてここに入ったんだ。虐待されてた時な?あの人が俺にかけがえのない居場所をくれた……
壱馬くんは遠い目をして言った。
川村壱馬
川村壱馬
あの人がいなきゃ今、多分もっとグレてると思うし、あなたにも出会えなかった。おれは一生あの人を尊敬し続ける。絶対に忘れない
そう言って私を強く抱きしめた壱馬くんを抱きしめ返してもう一筋、涙を流した。



壱馬くんの肩越しに、窓の外を見た。



お兄ちゃん……?



なんだか気配を感じて、パチパチと瞬きを繰り返す。



気のせいだったのかな。



そう思いなおして、何気なく空を見た。



夜空には、地上の星に負けない一番星がキラキラと輝いていた。

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