【美樹side】
親友のあなたに、彼氏ができた。
そんなふうに、嬉しそうに惚気るあなたが羨ましいなあとは思うけど、一方でよかったな、って心から思う。
3年前にお兄さんである亜嵐くんを亡くして、ずっと心配だったから。
幼なじみだし、私も亜嵐くんとは仲が良かったからあの時はかなりショックを受けたけど、あなたは当然、もっと辛かったと思う。
何日もなにも食べられない日が続いて、ずっと塞ぎ込んで。
かと思えば突然死ぬほど勉強し始めて、私もなんとか元気づけようって必死だったっけ。
そんなあなたが、今はその時の面影なんて全くないほど幸せそうに笑ってて、本当に嬉しい。
あなたに無邪気な目を向けられて、ちょっとだけ動揺。
先輩、か……。
テニス部のエースの五十嵐亮太先輩。
五十嵐財閥の御曹司で、私の憧れの人。
曖昧にそう言うと、あなたはいつもみたいに何かを考え込む。
あなたは先輩のことを、あまりよく思ってないらしい。
私の想いに対して何か言ってきたりはしないけど、先輩の話をするとどこか心配そうな目を向けてくる。
まあでも、たしかに……。
昨日のことを思い出して、不安が胸を渦巻く。
そう言って可愛らしく手を振るあなたに私も振り返して、席についた。
__昨日、図書室で勉強してから下校しようとすると、部活が終わったところの先輩が見えた。
いつもみたいに声をかけようとしてから、同じ部活の男の子たちと話しているのが見えて慌てて口をつぐむ。
なにか楽しそうにしゃべってるし、もしこんなところで声をかけたりしたら先輩がからかわれそうだし。
そう思って、声をかけるのは諦めようとした時。
ピタッと足を止める。
私の話……?
好き勝手喋り出す男子たち。
……誰がかわいいだのなんだの、男子って本当そういう話好きだな……。
っていうか、あんた達にあなたの魅力がわかるわけないでしょうが。
なにが『かわいい』よ、性格まで知ったらもう愛くるしいってレベルになるんだからね。
そんなことを考えていると。
__ドクンッ……。
この声、先輩の……。
思わず振り返る。
……え?
ドクンッ……ドクンッ……と心臓が鳴る。
さっきとは違う、イヤな音。
先輩の言葉を信じたくない。
でも、私が聞いて、見てしまった事実は変わらない。
思わずぎゅっと胸元で拳を握る。
先輩、私に声をかけてきたのはそういう理由だったの?
私は今まで、こんな人に憧れてたの……?
その言葉を聞いて、ダッと駆け出した。
あんな人だったなんて。
あんな人にまんまと騙されて、カッコイイだとか言って騒いでたなんて。
悔しくなって、自分が情けなくて、いつの間にか涙が溢れ出てくる。
その涙を拭う余裕もなく走っていると。
__ドンッ……。
優しい声が聞こえて、顔を上げる。
あ……。
この人、川村くんと仲がいい……そうだ、堀夏喜くん。
あなたがこの人も暴走族の幹部だって教えてくれた。
そんなことを考えてから、目にたまっていた涙がスっと頬を伝ったのを感じて慌ててうつむく。
そう言って顔を覗き込んでくる堀くんに首を横に振る。
人に涙を見せるなんて、絶対イヤだ。
そういうと、堀くんはフッと顔を横に向けた。
もしかして、見てないふりをしてくれてるのかな……?
堀くんが違う方向を見ている間に、慌てて涙を拭う。
顔を上げると、聡明そうな瞳と目が合った。
フッと優しく微笑んだ堀くんに、一瞬全てを話したくなった。
でもまさか初めてしゃべる人にこんな話言えないよね。
堀くんはそう言うと去っていき、取り残された私はぼーっとその背中を見つめていた。
先輩たちが話してたのって、夢じゃなかったのかな?
教室の窓の外を眺めながらそんなことを考える。
自分が騙されてたって思いたくないっていうのと、やっぱり先輩に憧れてたし、カッコイイと思ってたから、そう簡単に夢が壊れたことを認めたくない。
一度、直接聞いてみる?
それもありかもしれないな。
ズバッと聞いて、もし本当だったらズバッと縁を切ればいいんだよ。
うん、そうしよう。
ふと前の方に座っているあなたが窓の外を懸命に見ていることに気づいた。
なにかあるのかな。
同じように窓の外を見ると、体育をしているクラスが。
種目はサッカーで、ボールがいろんなところに飛んで行ってるのが見える。
その中で、一段とプレーが上手な人がいた。
……あー、川村くんか。
あなたが見入ってる理由に納得して、頬杖をつく。
幸せそうな顔で見てるなあ……。
そう思って、私も何気なく外を見ていると、もう1人かなりうまい人がいる。
あれって……堀くんだ。
昨日ぶつかった私に優しい瞳と、気遣いにあふれた声をかけてくれた堀くん。
ボールをドリブルして、すかさず川村くんにパスすると見事ゴールが決まった。
すごい……。
この前の中間テストで全教科上位10位以内に入ってたって聞いたけど、運動神経もいいんだ。
なんだか堀くんから目が離せなくて、つい窓の外に見入ってしまう。
どうしてだろう?
女子と交代してプレーをしてない時でさえ堀くんを見てしまう。
なんだか、不思議な感じ。
ずっと堀くんを見つめていると。
しまった、授業聞いてなかった……!
なんとか助かった……。
私はもう一度ちらりと窓の外を見て、黒板に答えを書きに向かった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!