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第1話

初めて
60
2019/02/25 11:34
 俺にはつくづく女運がない。初めて付き合った女には貢ぐだけ貢いで捨てられた。しかも4度も。
その次の女には自然と距離を置かれ急に消えるようにいなくなった。2度も。
またその次の女は俺の行動を縛られ自由がなかった。俺の方から別れを告げた。
 以上の事から俺が好きになる女とは付き合えても関係が長続きしない。そんな経験から恋愛に関してはどこか臆病になり先に進めなくなった。だから俺は好きにならないよう誰とも良い友達になろうとしている。

 そんな俺のどこか冷え切った心が今までにないくらい熱く、燃えるように感じた。
生まれて初めての一目惚れというやつだった。ただ偶然に席が隣になっただけ、一番初めに喋っただけ、それだけだった。そんなありふれたきっかけで俺は恋に落ちた。
けれど俺の心は底知れぬ悲しみに覆われたような気分でもあった。

 傷付く前に距離を置こう。そう思った俺の行動は早かった。良い友達であろうと努力した。誕生日も話題づくりも。そんな努力が楽しかった。彼女との距離が近付くのが嬉しかった。当初の目的とは裏腹に俺と彼女の距離は近付き、隣にいることが嬉しくて安心するようになってしまった。

 いつもの帰り道、彼女の横を歩く。ふと彼女から言われた一言に俺は困惑した。
「君の事が好きな友達がいる」
そんなカミングアウトを好きな子にされる。絶望だった。俺の事を想ってくれる人がいた事には驚いたし嬉しくも感じたが、俺の想いが届く事がないという現実はあまりにも重く心に響いた。
そんな感情を表に出す事も出来ずに彼女にはおちゃらけてごまかす。必死に悟られないように。
それからは帰り道で彼女と帰る時にはその話題で話す事が多くなった。一緒にいられるのは嬉しかったが辛いとも感じていた。
それが一ヶ月も続いた頃にふと彼女の口からまた衝撃的な事を言われた。
「私も君の事好きかもしれない」
驚きで俺の心は高鳴った。この想いは報われるかもしれない。そう思ったつかの間、次に彼女が言った言葉。
「けど,君とは付き合えない」
言葉を失った。けれど納得もした。友人思いの彼女なら友達の事を優先する。俺の中でそう思い、納得した。

 けれどこれで俺の想いは散る事になった。彼女の友達が誰なのか知らないしその友達の想いを受け取る事はない。
ああ、やっぱり俺は女運がない。しかも今回は優し過ぎる女に惚れるとは。良い意味でたちが悪い。

 そんな出来事から約1ヶ月が過ぎた。結局のところその後は何の進展もなかった。俺の中では少し気まずさはあったが、時々一緒に帰る彼女の横で他愛のない話をしている時間が忘れさせてくれる。けれど叶う事のない想いが俺を現実に引き戻す。
耐え切れなかった。そんなふとした動機が俺を口を滑らせた。
「俺が好きなのは君なんだ」
言った後すぐに俺は動揺した。今俺は何を言った? 
「知ってた」
彼女が言った言葉に俺はさらに動揺した。彼女は俺の気持ちを知って友達の事を話したのか。
俺は彼女に苛立ってしまった。そんなお門違いの苛立ちが自分に対する苛立ちに繋がった。
そこからだろうか。俺の中で彼女に対してどこか避けるようになってしまった。

 勝手に好きになって勝手に期待して勝手に苛立った。今の俺は最低なのかも知れない。こうなる事が分かっていたはずなのに好きになってしまった。悪いのは俺だ。そんなふうに自分に言い聞かせるように彼女と接する。いっその事彼女の事を嫌いになれれば、なんて思ったが出来なかった。女々しいと自分でも感じるが彼女を好きだという気持ちは変わらない。

 モヤモヤした気持ちを抱いたまま誕生日を迎えた。周りから祝福の言葉や物を貰い感謝を述べながらも彼女を方を気にしてしまう。そんな自分がどうしようもなく嫌になる。結局放課後になっても彼女からのアクションはなく、まぁ当たり前かと納得していると。
「おめでとう」
帰り道一緒になった彼女からそう言われた。紙袋に入ったプレゼントと一緒に。
俺の心の中はお祭り騒ぎだった。女性からしかも意中の相手からの誕生日プレゼントなんて舞い上がらないわけがない。俺は心の高鳴りを悟られないようにお礼を言いプレゼントを受け取った。家に着きプレゼントを開けるとハンカチとコーヒーが入っていた。ハンカチは今一番欲しかったものでコーヒーは俺がよく飲んでいるもの。おそらく彼女は何も気にしないで選んだもののはずだが俺の心の高鳴りは最高潮に達した。

 この一件で俺は確信してしまった。ガチだと。今の俺の恋は本気だと。
だからこそ俺は静かにこの想いを仕舞おうと決心した。それが彼女の為でもあるし俺の為でもある。
 これが俺が経験した初めての幸せな失恋だった。

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