押し寄せてくる人の波。
ボクはその人達にもみくちゃにされながらも走り続ける。
もちろん目的地は初めて君と出会ったあの場所。
人の波にもまれていたせいで右手首につけていたブレスレットが地面に落ちる。
その反動でブレスレットについていた鈴がシャランと音を出した。
ボクが水面に浮かぶブレスレットを取ろうとした瞬間、
ドンッとお祭りに来ていたであろう人がボクにぶつかる。
そして暴言を吐かれた。
避難しようとしている人達からの視線が痛い。
ボクはそんな視線から逃げるようにまた走り出した。
彼女がせっかくブレスレットをくれたのに落としてしまった。
それに避難していた人にも迷惑になったよな。
確かに必死に逃げてる中、邪魔をするように反対方向から走ってくる人がいたら誰だってキレるよな。
なんて思いながらボクは人混みをかき分けて走る。
目の前には墓地の入口、いわゆる鉄格子があった。
遠くから聞こえてくる波の音。
それに被さるように聞こえる人々の悲鳴と建物が壊れるような騒音。
そう呟きながらギィィーーっと鉄格子を開ける。
地震の揺れがあったからか墓地の中までぐちゃぐちゃに荒れきっていた。
それに上を見ると結界のようなバリアが風のせいかゆらゆらと揺れていた。
この場所だけ何故か地面に水がないからより地割れが酷い。
地面を歩くだけでも一苦労だ。
周りの墓石はぐちゃぐちゃなのにも関わらず彼女とその隣のお墓だけ綺麗なまま。
もしかしたら彼女とその隣のお墓が運良く壊れていなかっただけかもしれない。
ボクはふと違和感を覚える。
だって2つだけって事あるのかよ?って。
ボクは地面に気にしながら恐る恐るその墓石に近づく。
彼女の墓地の隣。
この場所の墓地には彼女の名前しか彫られていないはずだったんだ。
目の前にある文字がどうしても受け入れられなくて。
自分の口から出た笑いがカタカナに変換されていく感覚を知る。
彼女の隣にある綺麗な形をたもった墓石。
そこには永遠に消えない名前が彫られている。
「佐藤樹」
ボクの名前が。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!