コンコン
遠慮気味に美術室の扉を叩き、返事が無いので、私は思い切って中に入ってみることにした。
ギィィィ
壊れかけた扉は奇妙な音をたて、いとも簡単に開いた。
中を覗き込んだ私は、口をつぐんでしまった。
先輩は、部屋の端っこの机に向かって、何か熱心に描いていた。
その様子は、昨日の先輩とは全く違う雰囲気。
まるで、別人だった。
私は部屋へ入ると、先輩の居る机の前まで行き、見下ろすような形で見つめた。
とんでもない集中力だ。
私の存在にも気付いていないよう。
私は近くの椅子に座り、作業をしている先輩をただ見つめいてた。
数分後、先輩はやっと顔を上げると、私の存在に驚き小さな悲鳴をあげた。
女の子のような悲鳴に、少し笑いそうになった。
必死に謝る先輩に、もうどっちが先輩なんだかと笑う私。
先輩は、昨日の先輩に戻っていた。
顔には笑顔を浮かべ、ほんの少し気弱な雰囲気。
少し抵抗があったが、名前で呼ぶのもと思い、最終的には先輩と呼ぶ事にした。
なんだかほんの少し、照れくさい気もした。
先輩は、机の上の紙を指さした。
紙の上では、描いては消して描いては消しての先輩の苦労のあとが見られた。
笑顔でそういう先輩の額には、汗がにじみ出していた。
少しでも力になりたかった。
先輩はほんの少しの間、黙ってしまった。
先輩は、いかにもその話題には触れたくないというように、その一言で終わらせてしまった。
私は急いで謝った。
先輩は小さく笑うと、椅子から立ち上がった。
何事も、中途半端では終わらせたくないという私の悪い癖だ。
この性格のせいで、触れてはいけないところまで首を突っ込んでしまうのだ。
先輩はニコッと笑うと、部屋の窓まで歩いていった。
私は先輩の隣まで歩いていった。
オレンジ色に染まった空。
美しい夕焼け。
無自覚にもあまりの美しさにポロッと言葉がこぼれた。
先輩の顔から笑顔は消えていなかったが、この言葉を発した時、先輩は少し寂しそうにも見えた。
窓から差し込む夕日が先輩の顔をほんの少しオレンジ色に染めた時、先輩は決して届かない何かを見ているような目をしていた。
私はなぜだか、胸が締め付けられるような思いになった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。