────「先輩、、!」
美術室の扉を開け、中へ入った私は、しばらく身動きがとれなかった。
いつも笑顔で迎えてくれるはずの先輩の姿が、無かったのだ。
私は職員室へとものすごいスピードで突っ走り、3年のHRの先生を訪ねてみた。
先生は、「片岡君なら、家の事情で休んでいるよ。」と言われた。
仕方なく、私は美術室へ戻る事にした。
先輩のいつも座っている机へ座り、窓の外のオレンジ色の空を眺めた。
誰も居ない美術室をぶらぶらと歩いていると、『片岡蓮』と先輩の名前が記入された小さなノートを見つけた。
ペラペラとページをめくっていると、先輩の日記のようなものだと分かった。
興味本位で、私はつづられた文字に目を通していた。
美術部へ入部した時の事。
美術コンテストの事。
橋本玲奈のこ、、、
私は手を止めた。
去年の夏ぐらいから、どのページにも、橋本玲奈の名前があった。
『橋本玲奈が、美術部に入部してきた。彼女は僕より一年上の先輩だ。』
『先輩を名前呼びするのは、少し気が引けたが、彼女が呼べというのだ。しょうがない。』
『僕は玲奈を好きになっていたんだ。
彼女は、ぼくと出会ったその日から、まるで長い付き合いだったかのように、積極的過ぎるほど、話しかけてきてくれた。』
『蓮って玲奈が呼んでくれると、なんだか嬉しくなった。彼女の笑顔が大好きだ。』
私は、日記の上の文字が、にじんでいくのに気がついた。
頬をつたる滴。
『玲奈に、後夜祭の花火を見ないかと誘った。彼女は笑顔で了解してくれた。プールサイドからの花火は、とっても綺麗だった。』
『玲奈と見た花火の絵は、図書室へと飾られた。美術コンテストでの優勝は、まだ遠い。』
私は、数ページを吹っ飛ばし、ふと目に止まったページに目を通した。
『転校生の相楽さん。美術部への勧誘には失敗したが、美術室へは、来てくれるようになった。受験勉強は後回しだ。部へ入ってくれなくても、芸術の素晴らしさを知って欲しい。』
『相楽さんは、あの夕焼けの美しさを分かってくれた。玲奈が僕にあの夕焼けを見せてくれた時から、僕はあの感動を、誰かに分けてあげたいと思っていた。』
『玲奈は大丈夫だろうか。先日、彼女の大学の周辺で火災が起こったらしい。連絡がつかない。』
『明日、玲奈の東学大学を訪ねてみよう。』
私は日記を閉じた。
全てが一致した。
夕焼けを見ていた少し寂しそうな先輩。
きっと、玲奈さんの事を思い出したのだろう。
全ての謎が解けた時の名探偵のような気分だった。
先輩は、玲奈さんのことが心配で、東学大学へと行ったんだ。
だから、美術室へ来なかったんだ。
状況が飲み込めたところで、私は明日になれば先輩に会えると思っていた。
けれど、先輩は次の日も、そのまた次の日も来なかった。
誰も居ない美術室で、独り刻刻と時が経っていくのを感じた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。