前の話
一覧へ
次の話

第25話

ここから、はじまる
324
2026/07/08 02:00 更新
こっちの世界では、放課後になったら即帰宅がルール。
だけど、すでに外は真っ暗で。
ママが帰る時間すら、とっくに過ぎている。
新田 桃音
新田 桃音
(怒られるだろうな)
新田 桃音
新田 桃音
(それでも、いい。私は、ちゃんと言いたいことを言えるようになるんだから)
ドキドキしながら、家の玄関のドアを開ける。
鏡の世界のママの甘さに慣れていたから、ちょっと怖いけど。
新田 桃音
新田 桃音
た、ただいま!
ママ
ママ
桃音!
ママ
ママ
遅かったのね、心配したんだから
新田 桃音
新田 桃音
ご、ごめん……
まずはじめに心配をされるとは思わず、面食らってしまう。
ママ
ママ
あら? 今日は、素直ね
新田 桃音
新田 桃音
(あ、そっか、昨日までは鏡の私がここに帰ってたんだった)
ママ
ママ
はぁ、電話も全然出ないから、何かあったかと思った
ママ
ママ
お腹減ってるでしょ。ご飯、食べちゃいなさい
新田 桃音
新田 桃音
作ってくれたの?
ママ
ママ
何言ってんの。あんたが、「私にばっかり家事させるつもりなら、おこずかい100倍にして」って言ったんでしょ
新田 桃音
新田 桃音
(うわぁ)
新田 桃音
新田 桃音
(やっぱり、もうひとりの私はすごいな)
ママ
ママ
なんか今日は、前のあんたに戻った感じがするわね
ママ
ママ
最近、ずっと反抗期だったのに
新田 桃音
新田 桃音
(あれは、反抗期とかそういうのとは違うと思うけど)
新田 桃音
新田 桃音
……うん。私、ずっとひとりで家事するの、辛かった
新田 桃音
新田 桃音
お弁当作っても、食べてもらえないの、嫌だった
新田 桃音
新田 桃音
ママに嫌われてるのかなって、思ってたの
ママ
ママ
あんた、そんなふうに思ってたの?
ママ
ママ
そんなわけないでしょ
ママは、悲しそうな顔で私の頭を撫でた。
ママ
ママ
パパと離婚してから、ひとりで子育てして、仕事のストレスもたまってて、あんたひとりに当たっちゃったわよね
ママ
ママ
本当にごめんね
ママ
ママ
嫌いなわけないでしょ。ママはずっと、桃音のことが世界で一番好きなんだから
その声は、鏡の世界でママに聞いたものと同じで。
だけどやっぱり、違う人で。
新田 桃音
新田 桃音
私、ママからずっと、それが聞きたかったの
新田 桃音
新田 桃音
(大丈夫。生きていける)
新田 桃音
新田 桃音
(私はここで、生きていける)
次の日に学校に行くと、昇降口で三条くんに出会った。
新田 桃音
新田 桃音
おはよう、三条くん
三条 彬
三条 彬
おはよ
三条 彬
三条 彬
一緒に、教室行く?
新田 桃音
新田 桃音
鏡の世界でも、同じことがあった。
懐かしくて、……恋しくて。
涙が出そう。
新田 桃音
新田 桃音
(こっちの三条くんにも、そう言ってもらえるなんて)
新田 桃音
新田 桃音
……うん。一緒に行こう
教室の扉が、開けやすい。
新田 桃音
新田 桃音
(右利きの世界だ……)
新田 桃音
新田 桃音
(本当に、戻ってきたんだな)
教室に入ると、すぐにレナ、ナナミ、ミカと顔を合わせた。
こっちの世界の、三人。
ごくりと、喉を鳴らす。
三条 彬
三条 彬
大丈夫
三条くんが、私の背中に手を当てる。
新田 桃音
新田 桃音
(あったかい……)
新田 桃音
新田 桃音
うん
私が、一歩を踏み出すと。
レナ
ひっ……!
新田 桃音
新田 桃音
え?
ミカ
おっ、おは、おはようございますっ!
新田 桃音
新田 桃音
は?
ナナミ
あ、さ、さっき、桃水買っておきました……!
新田 桃音
新田 桃音
はい?
明らかにおびえている三人に、意味が分からなくて三条くんを見る。
三条 彬
三条 彬
あの三人がいつも通りに新田をこき使おうとした時に、鏡のほうの新田がブチ切れて
新田 桃音
新田 桃音
ああ……
なんか、分かってしまった。
三条 彬
三条 彬
三人がこうなるまで、どうやったのか聞く?
新田 桃音
新田 桃音
怖いから、いいです……
三条 彬
三条 彬
そのほうがいい
私は、ナナミが差し出してくるペットボトルを、せっかくなので頂いてみる。
変な感じ。
新田 桃音
新田 桃音
ありがとう。でも、もうしなくていいよ
ナナミ
は、は、はいっ!
受け取ったばかりの透明な桃のジュースと、自分の席にかばんを置く。
そして。
新田 桃音
新田 桃音
……松川さん
松川 紗奈
松川 紗奈
え?
自分の席でひとり、本を読んでいる松川さんに話しかけた。
新田 桃音
新田 桃音
(鏡の私は、こっちの松川さんとは関わりを持ったのかな)
新田 桃音
新田 桃音
(私は、彼女と仲良くなりたい)
新田 桃音
新田 桃音
(今度こそ、自分の力で)
新田 桃音
新田 桃音
あ、あの、おはよう、松川さん
松川 紗奈
松川 紗奈
おはよう
笑った顔は、やっぱり鏡の紗奈にそっくり。
ホッとして、さっきまでの緊張がなくなる。
新田 桃音
新田 桃音
よかったら今度、いつも読んでる本、私にも教えてくれない?
松川 紗奈
松川 紗奈
えっ……?
松川 紗奈
松川 紗奈
……うん、いいよ
新田 桃音
新田 桃音
ありがとう
新田 桃音
新田 桃音
よ、よかったら、桃音って呼んで。私のこと
松川 紗奈
松川 紗奈
……桃音ちゃん
新田 桃音
新田 桃音
うん
松川 紗奈
松川 紗奈
私、紗奈。紗奈って……、呼んでくれる?
新田 桃音
新田 桃音
もちろん。紗奈
新田 桃音
新田 桃音
鏡文字じゃない……
一時間目の授業が始まり、先生が黒板に書いた文字に感動して、つい言葉をもらしてしまう。
三条 彬
三条 彬
鏡使わなくても読めるの、いいよな
新田 桃音
新田 桃音
三条くんも、鏡持ち歩いてた?
三条 彬
三条 彬
ああ、あれがないと、マジで分かんなかったし
新田 桃音
新田 桃音
さっき、扉が開けやすくて感動しちゃった
三条 彬
三条 彬
あっちの世界では、こっちの左利きの人の普段の苦労が、身をもって知れたもんな
新田 桃音
新田 桃音
太陽は逆から昇るし、自分の影のせいで、文字が書きにくかったりね
三条 彬
三条 彬
自販機は、小銭入れにくいしな
新田 桃音
新田 桃音
駅の自動改札、通りづらかったよね
三条 彬
三条 彬
ああ、体をこう……ひねらないといけないんだよな
新田 桃音
新田 桃音
ハサミと包丁は?
三条 彬
三条 彬
切れない
新田 桃音
新田 桃音
ふふ、やっぱり
数学の先生
こら、そこ。こそこそと喋らない!
先生に注意をされてしまい、ふたりで顔を見合せて笑う。
三条くんと、こうやって話をしているのが、本当に不思議。
三条 彬
三条 彬
新田
先ほどよりも抑えた声量で、三条くんが私の名前を呼ぶ。
三条 彬
三条 彬
放課後、時間あったらさ、あっちの俺の話、聞かせてよ
新田 桃音
新田 桃音
うん、いいよ
新田 桃音
新田 桃音
勉強会だね
三条 彬
三条 彬
勉強会? まあ、確かに。勉強会みたいなもんか
新田 桃音
新田 桃音
(話したいこと、聞きたいことが、いっぱいある)
三条くんの机の右上に置いた、ココア。
終わったはずの、再びはじまる放課後の時間。
新田 桃音
新田 桃音
(何から話そう)
新田 桃音
新田 桃音
(鏡の三条くんが、入れ替わった時のことを三条くんに謝りたかったこととか)
新田 桃音
新田 桃音
(同じココアが好きなこととか)
新田 桃音
新田 桃音
(変なの。私、少し楽しみにしてるみたい)
新田 桃音
新田 桃音
(私が恋をした三条くんには、もう会えないのに)
新田 桃音
新田 桃音
(……あれ? そういえば)
『あっちの俺もきっと、新田のことが好きだよ』
新田 桃音
新田 桃音
……え?
三条 彬
三条 彬
? なに?
新田 桃音
新田 桃音
あ、ううん、なんでも……
新田 桃音
新田 桃音
(え? あれ?)
新田 桃音
新田 桃音
(まさか、そんなわけが)
はじまるのは、新しい放課後……だけじゃないかもしれない。
その先の未来を予感して、私は口元を隠して笑った。

プリ小説オーディオドラマ