そのわけのわからない男を訪ねる前に、一つ気になることが私にはあった。
「須賀原君、どうしてこの事件に本部が?確かに奇怪な事件だろうけど、薄っぺらく見れば唯の殺人だろ?」
上司が部下に聞くだなんてややおかしいが、仕方ない、私は訳もわからず現場に駆り出された訳だから。
すると須賀原は声を潜めて、
「いや、それが刑事部長直々のご命令だそうですよ、まあうちの刑事部長は古今東西稀に見る変わり者の方ですから。およそ官僚とは思えませんね。あ、侮辱してるんじゃなくて、寧ろ尊敬に近いです」
須賀原の弁解(事実だろうが)はさておき、我が警視庁の刑事部長は確かに変わり者だが、決して意味のないことはしない、実力派である。
よって嫌われがちな上官官僚とはまた違う、実に様々な人から慕われる刑事部長なのである。
もちろん、そういった組織行動重視のさらに上層部はあまり好ましく思っていないのかもしれないのだが。
なにか目的があるのかもしれない。
そんな事を考えていたら、須賀原の運転するレガシーが既に目的地に止まっていた。
「ここですねぇ……割合新しいアパート、二階に住んでるんですか……生活に困ってそうな節はありませんね」
「須賀原君、先入観は捨てた方がいいぞ、案外儲かってないのかもしれない」
「そうですねぇ」
型もつかないフワフワな会話を続け、インターホンを鳴らした。
間延びした高めの声が響き、扉が開けられた。
どうもパッとしない。
この男の第一印象はそれ以外の何でもなかった。
「はい……え?捜査一課の方々が一体ぼくに何の用で?」
伊万里の第一声はこれだった。
これほど露骨に言われてしまうと、こちらも疑ってかからない訳にはいかない。
「何故私達が捜査一課の人間だと?」
「だって……ほら、ジャケットに捜一のバッチ付けてますから……刑事ドラマ見てたらなんとなく覚えちゃって」
「あぁ……」
なんだか残念そうな声を出して、須賀原は自分のジャケットを少し持ち上げた。
「ぼくに話があって来たんでしょう?何も無いし何も出せませんがまあ上がって下さい立ち話でもしてご近所に聞かれでもしたらお互い立場悪いでしょ?」
この台詞を一息で言い終えると、扉を大きく開いて、どうぞと笑った。
きっと優しい笑顔なのだろうが、どこか裏があるような気がするのは私だけなのか、そんな下らない偽証に似たものを抱えながら、私はその玄関に踏み込んだ。
ある意味、ただ事ではなかったのであった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。