第15話

反射鏡
126
2021/03/06 13:37

「でも?」

私は思わず問いかけていた。正直、なんだか手応えのない事件であったために、わずかな情報もほしいところだ。

溺れるものは藁をも掴むとはこのことかと実感する。

「アイツ、金持ちだったんですよ。いや、アイツが金持ちだったっていうよりかは、親が、ですけど。白崎の親はファイアルホールディングスの幹部で。……知ってますか、ファイアルホールディングス」

「ええ、まあ」

確か、ゲーム機から商業施設まで幅広いジャンルに営業をしている、最近東証1部上場になった企業だ。もっとも、東証1部上場になる前から、ベンチャー企業だなんだとかなり騒がれていたのだが。

新聞には目を通しているので、その程度のことは知っているが、何をしているところだとかそういう詳しいことはよくわからない。

「最近東証1部上場した企業ですよね。その会社の幹部とくれば、かなりの額では?」

私は先程頭に浮かんだ知識をそのままアウトプットした。

「まあそうでしょう。どれくらい、とかそんな生々しいことは知りませんけど。でも結構女友達といいとこ行ってたりしてたので」

「有町警部……いい情報では?」

隣の須賀原が独り言のように尋ねてきた。
先程の様子とは打って変わり、顔は真剣そのものとなっている。

私はそれに頷くことだけして、

「ほかに、何かありますか?」

と宇海に質問した。彼は頭をぐるぐる回してから

「いやー、特にないんじゃないでしょうか?何かあったらユキちゃ……伊万里君経由で伝えますよ」

ユキちゃんと言おうとして、人前であることと、言おうとした瞬間に隣の伊万里から恨むような視線を感じたからなのか、伊万里君と言い換えた。

私は別にユキちゃんでも伊万里君でも行野君でも構わないのだが、これは私の問題ではなく本人の問題である。

「ありがとうございます。貴重な情報提供、感謝します!」

須賀原が勢いよく感謝の言葉を述べる。これまで情報がなかったから、よけいにありがたく感じているのだろう。

「いや、全然大丈夫ですよ。お役に立てて何よりというか。ああ、俺はこの後用事があるんで、失礼します。じゃ」

彼は自分の分の勘定だけきっちり置いて、そのまま喫茶店を抜けていった。

「なんだ、宇海、奢ってくれないのかよぉ……」

向かいの伊万里は残念そうに窓越しの後ろ姿を見送っていた。

「あの、伊万里さんは、この後私たちについてくるんですか」

「あー、ええ」

私の質問に彼は即答した。こいつ、本当に仕事しているのか?と思う。

本当に翻訳家なんてしているんだろうか。

聞くのは失礼か。いや、彼とてまだ容疑者候補だ。

「あの、仕事、大丈夫ですか?」

「え、仕事?ああ、全然。締め切りまでに仕上げればいいので」

彼は目をパチパチさせて答えた。

そしてちょっと毛先のはねた髪を適当に手で払いのけていた。

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