#04[海を泳ぐ月]
雲ひとつない晴天、白い砂浜が太陽の熱を吸い取り反射してくるので、暑さがじりじりと伝わってくるが目の前には透き通るような綺麗な海が広がっていて、穏やかな波の音が心地よく涼しさを感じる。
耳を澄ませば波の音に紛れて沖縄の海にはしゃぐIDOLiSH7の子達の賑やかな声が聞こえてくる。
「夏だなぁ…。」
何故今彼らと共に沖縄にいるのかというと遡ること数週間前、レッスンのない日に小鳥遊社長から事務所に来て欲しいと連絡があり行ってみるとついに彼らのデビューが始動すると、そしてそれに伴うデビュー曲が出ると、それでMV撮影で沖縄に行くということを告げられた。
振付の依頼もあるので出来れば一緒に行ってMVのチェックをして欲しいと頼まれ、了承すると同時に思い浮かんだのは自分の新曲のMV撮影。
丁度海で撮影したいと思っていたのでその事を伝え、別の時間で同じ場所も借りていいかと伺ったところ二つ返事でOKしてくれた。
ということで現在は彼らのデビュー曲のMV撮影中。
途中で挟む砂浜でのダンスシーンを撮り終えて今は海で遊んでいるシーン。
撮影中ということを忘れているのではないかと思うくらい自然体でのびのび楽しんでいるのでこれはこれで良い画になりそうだ。
ある程度の使えそうなシーンを撮り終え、IDOLiSH7の撮影は終了一度ホテルに戻って体を休めるらしい。
私は今からレッスン講師からアーティストの七夕洋にシフトチェンジして自分のMV撮影に入るので彼らとは一旦別行動。
「見学したい」と駄々を捏ねる陸を一織くんが引き摺って行くのを見送り、自分の撮影チームと合流しに借りているプライベートビーチへ向かう。
急なスケジュールにも関わらず快く引き受けてくれた撮影チームのメンバーは活動初期から仲良くして貰っている友人数名。
軽く打ち合わせをして衣装に着替え、ヘアメイクをして貰い撮影開始。
丁度良く月が現れて夜の海を照らし、海面がゆらゆら輝いていて今回の新曲にぴったりの演出をしてくれる。
数時間後無事に撮影を終えて別のホテルを取っているという撮影チームを見送り、着替えだけ済ませてひとり残って夜の海を眺めていた。
「♪“好きだよ”とか言えないから
心の声 波にあずけて ねぇ?
鳥の歌 風の音 届かない程彼方
問いかけてみる」
手に持っている仮面をそっと撫で、波の音を聴きながらまだ世に出ていないそれを口ずさんだ。
夏が来る度にあの頃幸せだった日々を思い出し、恋しくなって、忘れようと努力して、また蓋をする。
そろそろ慣れてきただろうと思っていた矢先に、初めてアイドルとしての【彼】の歌を聴いたあの時からは徐々に徐々に溢れだして今にも蓋が外れそうになってしまっている。
どうすればらくになれるだろう、何度考えてもやはり答えは見つからない。
このままではずっと余計なことばかり考えてしまうのでそろそろホテルに戻ろう。
仮面をトートバックに入れてその場を後にした。
────
ホテルに到着し、ふとスマホを開くと陸から数件ラビチャが来ていた。
《天にぃがいたんだ!しかも同じホテル!》
「天が?何でまた沖縄に…。」
撮影か旅行か、どちらにせよTRIGGER全員が同じホテルにいるとなると鉢合わせしないようにかなり注意が必要だ。
とはいえもうホテルに着いてしまっているのでどうしようかと考えながら歩いていると曲がり角で人にぶつかってしまった。
「うっ。」
ぶつかった相手がかなりガタイが良かったようで軽く吹っ飛ばされてしまい持っていた荷物が散らばった。
「わわわっすみません!!お怪我はありませんか!?」
「大丈夫ですか?」と差し伸べてくれた手を取り体を起こすと見知った顔が近くにあった。
十龍之介…!
思わず辺りを見渡したがどうやら彼1人のようだ、ここは素早く退散しないと。
「はい。こちらこそすみませんっ、お怪我はありませんか?」
「俺は大丈夫です!…あ、荷物が散らばってしまいましたね、拾います。」
「いえいえお気になさらず…。」
と、トートバックを拾い他の荷物を回収しているとある事に気づく。
仮面が、ない!
慌てて探そうにももう時すでに遅し、仮面は既に彼の手に握られていた。
彼のようなキラキラのアイドルが、私を知っている訳もないのでこれを見ても気づかれはしないと思うが代わりに変な趣味を持った女だと思われてしまう。
どうしよう、パーティーグッズだと言い訳するかいっそ何食わぬ顔でその場を立ち去るか、思考を巡らせる。
「もしかして…七夕洋さんですか?」
そっちか!!
まさか知っているとはこちらも思わない、正解を言い当てられる心の準備なんて出来ていない為勢いでそうだと頷いてしまった。
「やっぱり!声と雰囲気が似ているし楽譜もあったからそうかなぁって!」
そう言われて楽譜も散らばっていたという事に気がついた。
「つ、十さん…少しだけ静かにお願いします。」
「あ、すみませんっ…というか、俺の事知ってくれているんですね。」
「それはもちろん、大人気アイドルですから。十さんも私の事知ってらしたんですね。」
「実は弟たちが大ファンで、その影響で自分も聴いているうちにファンになりました。」
「そうなんですね、嬉しいです。実は私もこの間の東京公演行かせて頂きました、凄く良かったです。」
「本当ですか!?嬉しいなぁ、まさか見てくれていたなんて。」
仮面をしていない素顔を見られてしまっているという事実を忘れ、しばらく話をしていると後ろの方から彼を呼ぶ声が聞こえた。
「おい、龍!」
途端、動悸が激しくなる。
顔を見なくてもわかる、【彼】だ。
段々と近づいてくる足音。
「すみません、急いでいるので私はこれで。拾って頂いてありがとうございました、ではまた!」
足早にその場を去る、十さんが何か言いかけたような気がしたけど今はそれどころではない。
運良く開いていたエレベーターに乗り込み、取っている部屋の階を押した。
扉が閉まるのを確認してほっとする。
なんとかその後も無事に自分の部屋へとたどり着き、深く溜息をついた。
「危なかった…。」
────
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走り去った彼女の影を見つめる。
いつもは画面越しで見ていた彼女を初めて直接、その上素顔まで見てしまった。
仮面をしていても綺麗だった彼女は想像していたよりもずっと綺麗で、それでいて可愛らしい顔をしていた。
彼女の微笑んだ表情が頭から離れない。
もっと話していたかったな、なんて思っていると背後から肩を叩かれた。
「おい龍、またナンパされてんのかよ。いい加減上手くあしらえよ。」
「楽!そうじゃなくて!実は凄い人に会ったんだよ!ラビチューブで有名の、七夕洋さん!」
「たなばたうみ?」
「知らないの?ネットで有名な女性アーティストだよ!」
「そんな奴がいるのか…てか龍、弟たちと花火するんじゃなかったのか?」
「そうだった!行ってくるよ、じゃあまた明日ね!」
「おう、おやすみ。」
ホテルを出てすぐの海を見ながら歩く。
空に浮かぶ月が海を照らし、海面がゆらゆらと輝いていた。
「また、会いたいなぁ…。」
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。