#05[1番大事にしたい事]
かかりつけの病院に到着すると陸はすぐに治療室へと運ばれた。
IDOLiSH7のマネージャーの子と向かい合わせで待合室の長椅子に座る。
彼女はとても不安そうで、今にも泣き出しそうな雰囲気だった。
「さっきは突然乱入してごめんなさい、この度は弟がご心配とご迷惑をおかけして申し訳ございません。」
「と、とんでもないです!むしろこちらの方が陸さんの体調に気づけなくて、誠に申し訳ございません!!」
「改めて、姉の七瀬あなたです。いつも陸がお世話になっております。」
「小鳥遊プロダクションの小鳥遊紡です。こちらこそ陸さんにはいつもお世話になってます…。あの、陸さんは…。」
陸には悪いけど、私から話しておこう。
「陸の病気について、詳しく説明しますね。」
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「そうだったんですか…。」
「先に私からご挨拶に伺うべきでしたね、申し訳ない。」
「いえっ、こちらがもっと気を配るべきでした。これからは無理のないレッスンとLIVE構成等も考えて行きたいと思います。…陸さんはIDOLiSH7にとってなくてはならない存在なんです。ご家族の方々にはご心配をおかけしてしまうと思いますが、私が責任持って陸さんをサポートしていきますので、どうか…。」
小動物みたいで可愛らしい人だなと思っていたけどこちらを見る目はとても真っ直ぐで少し驚いた、意外としっかりしているな。
「心配しなくても、私が陸にアイドルを辞めろなんて言いません。むしろこちらが辞めさせないでって食い下がる気でいたので、そう言って頂けて嬉しいです。これからも陸をよろしくお願い致します。」
「はい!ありがとうございます!!」
それから数分が経ち治療が終わり、陸は病室に移された。
しばらくすると目が覚めるとのことで、陸を紡さんに任せて主治医の話を聞くために一旦病室を出る。
主治医の話を聞き終わり、病室までの廊下を歩く。
幼い頃から入退院を繰り返していた陸は小学校を卒業するまでほとんどこの病院で過ごしていた。
学校が終わって天を教室まで迎えに行って陸のお見舞いに行くというのが日課だった。
幼い頃から通っている病院は以前と変わりなく、家族が揃っていたあの頃を鮮明に思い出させる。
天は今陸が入院してるって言ったら飛んで帰って来てくれるのだろうか、なんて考えてしまう。
この前のLIVEで久しぶりに遠目で顔を見たけど、何となく顔色が悪い気がした。
元気でいてくれるならそれでいいなんて思ってたけどやっぱり家族に会えないのは寂しいし心配。
いつか再会する時が来るのだろうか、と考えているうちに病室に辿り着いた。
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陸は目が覚めていたようで、体を起こし小鳥遊さんと話をしている。
「…マネージャー、心配かけてごめんなさい。これからもよろしくお願いします。」
「陸、姉ちゃんにも何か言うことあるでしょう?」
「!?あなたねぇ!!」
「陸言ったよね?事務所の人に病気のこと言ってあるって。」
「う、嘘ついててごめんなさい…。」
「まぁそんなことだろうと思ってずっとIDOLiSH7のLIVE見に来てたから。」
「ええぇ!言ってなかったのに何で!」
「陸が教えてくれなかったからでしょ?あ、初LIVEもちろん野外ステージからずっとね!」
「ひぃっ、私のせいで大コケしたLIVE…。」
小鳥遊さんの方を見ると少々青ざめていた。
「あら、そうだったの?それにしては皆のパフォーマンスも演出も凄く良かったけど。」
「あ、ありがとうございます!」
「あなたねぇ…俺、歌うことを辞めたくない、皆と一緒に歌っていたいんだ!」
「馬鹿、誰も辞めろなんて言ってないでしょ。これからはちゃんと周りを頼って、もちろん私も力になるから。」
「…良かった、絶対辞めさせられると思ってたから。」
きっと両親ならそうしているに違いない。
大事な息子が死にかけてまで続けて欲しいなんて思うわけない。
だからといって私が大事にしていないということではない。
「もちろんこれからも陸の体が心配。でも私と約束したでしょう、心も大事にしなくちゃ駄目。陸の気持ちが1番大事よ。」
「あなたねぇ…。」
「ひとまず、今夜は様子を見て明日のお昼には退院出来るって先生言ってたし今日は帰るね。また明日迎えに来るから。」
「うん、ありがとう。」
「小鳥遊さんも行きましょうか。」
「はい!じゃあ陸さん、また明日。」
「うん!マネージャーもありがとう!」
病室を後にし、外に出てタクシーを呼ぶ。
「今日はありがとうございました。よろしければ明日陸を寮まで送るついでに皆さんにご挨拶をさせて頂いてもいいでしょうか?きっと突然のことで困惑させていまったでしょうし。」
「こちらこそありがとうございました!私から皆さんにお伝えしておきますね!」
「お願い致します。では、また明日。」
「はい、お疲れ様です。」
お互い別々のタクシーに乗り込み、病院を後にする。
自宅に帰りつき、着ていた服を脱ぎ捨てベッドにダイブし大きく溜め息をついた。
長い1日だった。
なるべく冷静でいたつもりだったけど内心もしもの時を考えて凄く焦っていた。
だけど焦っていても事態は一刻を争うし、周りが混乱してる中私が取り乱すわけにはいかなかった。
「今日は疲れた…。」
重たい体をなんとか起こしてシャワーを済ませて泥の様に眠りについた。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!