#07[“その時”は突然やってくる]
今日は生放送LIVE「サウンドシップ」に出演する事になったIDOLiSH7と共にTV局へと足を運ぶ。
その中に共演者としてTRIGGERもいるからか、皆の纏う空気はいつもと少しだけ違って見えた。
共演するのはミュージックフェスタ以来だったけれど、「あの曲」の件もあるし、本人たちが関わっているのかわからなくても、TRIGGERに対しての印象が変わるのは仕方のない事なのかもしれない。
正直今回付き添うのはやめておこうかと思った、何故なら鉢合わせたくない相手が2人から3人に増えたからだ。
しかし以前のミュージックフェスタの日の少しの違和感が気になって、陸の事が心配になり結局付き添う事に決めたのだ。
万が一鉢合わせてもきっと大丈夫、自分はこう見えていざという時は冷静になれるはずだから。
なんて、己の心の強さを過信していた事を数時間後に後悔する。
────
「では、軽く打ち合わせして来ますので。」
「あぁ、いってらっしゃい。」
TV局のスタッフの所に番組の打ち合わせに行く紡ちゃんを皆で見送る。
「とうとうサウンドシップか…。」
「七瀬さん、これはプレッシャーをかけてる訳ではありませんが…。ベストを尽くして歌って下さい。」
「うっ…十分プレッシャーなんだけど…。」
「もっと自慢したいんだよ、お前が凄いやつだって!な、一織!」
「ま、私たちのセンターですから。」
「気を楽にして、失敗してもいいからカメラが回ってることは忘れてお客さんの前では楽しくやろう。」
皆が励ましてくれるおかげで陸は先程よりも少し自信がついたようだ。
良い仲間に巡り会えたようで良かったなと、つくづく思う。
「私、陸が出来るだけリラックスして歌えるように温かい飲み物買って来るね。」
「あなたねぇ…。」
「俺、王様プリンが良い。」
「お前なぁ!つかTV局に王様プリン売ってねぇだろ。」
「ふふっ、皆の分も適当に買ってくるね。」
「手伝いましょうか?」
「大丈夫よ、皆は出番までしっかり準備してて。じゃあ行ってきます。」
「ありがとうございます。」
────
「これでよし、と…。」
局内の自販機にて紡ちゃんの分も合わせて8人分の飲み物を購入し、いざ楽屋に戻ろうとしたのだが何せ8人分、手持ちのバッグに入り切らない量なので何本か手で持っていこうとしたら思いの外缶コーヒーが熱くてつい手を放してしまい床に転がってしまった。
「あ…。」
こういったドジは大体連鎖するのか、缶コーヒーを落とした拍子にまた数本床に転がっていった。
「あーあ。」と小さく溜息をつきつつ転がる飲み物を追いかけて拾い集めていると近くを通りかかった誰かが拾ってくれたのか、その内の1本をスっと目の前に差し出してくれる。
「大丈夫か。」
「あ、すみません!ありがとうございま…!!」
受け取りながら相手の顔を見て直ぐに絶句した。
「っ、お前…!!」
鼓動が急激に早くなる。
負の連鎖とはこの事だろうか、目の前の現状を理解するのにかなりの時間が経ったような気がした。
相手も急に私が目の前に現れたことが信じられないのか、しばらく驚いた顔でこちらを見ていた。
「あなた…。」
クールで少しハスキーな声で、名前を呼ばれる。
久しぶりにその声を聞いたせいか、反動なのか鼓膜に直接響くような感覚になり鼓動が更に早くなったような気がした。
「が、く…。」
反射的に【彼】の名前を呟く。
何が冷静になれるだ、声を出そうにも震えてまともに言葉を発する事も出来ないではないか。
この状況をどう乗り切ろうか、考えれば考えるほど意識が朦朧としてきてふらつきそうになるがそれでも真っ直ぐこちらを見つめてくるアイスグレーの瞳から目が離せずにいた。
「あなた、俺は…。」
「おーい大丈夫か、やっぱり手伝いに…って八乙女?」
帰りが遅い私の様子を見に来てくれたのか、後ろの方から大和くんの声が聞こえてきてハッとする。
「行こう大和!!」
鉛のように動かなかった身体に鞭を打ち、振り返ってそのまま大和くんの腕を掴んで走った。
「ちょ…えぇ!?」
戸惑う大和くんにお構い無しに楽屋に向かって全力で走る。
何か言いかけていたような気がするけれど、彼は追いかけてはこなかった。
─────
「はぁ…はぁ。」
楽屋まで後数歩の所で走るのを止め、立ち止まる。
「ちょっ…さ、流石のお兄さんも、この距離ずっと…ダッシュはきつい…。」
「あっ!ご、ごめんね本番前に…。」
「いいーけど…あいつと面識あったんだ。良かったのか?話の途中だったろ。」
「っ…いいの、終わった事だから…。」
「TRIGGERの八乙女楽とどんな関係?…って、言いたくないなら聞かないでやるけど…。」
「いや、もう知られるのは時間の問題だし、今日帰ったら話すよ。…陸にも、皆にも。」
「そうか…。」
彼に気づかれた以上、何かしらのきっかけでIDOLiSH7の皆に知られる可能性はほぼ100%。
周りから変に伝わるより自分の口から直接皆に伝える方がずっと良い。
ただ陸はもしかしたらショックを受けてしまう可能性があるので、寮に帰ったら伝えよう、自分の職業をちゃんと話していなかったせいで以前泣かせてしまったトラウマもあるし。
しばらくして、うるさい心臓を落ち着かせて目の前の仕事に集中した。
────
▼
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。