#05[奪われた夏]
無事に沖縄での仕事を終え、東京の事務所に帰ってきた私たちは目の前に広がる光景に唖然としていた。
「何これっ…!?」
オフィス内はありとあらゆるものが全てひっくり返され、乱雑に散らばっていた。
「完全に荒らされてるな…。」
「空き巣のようですね…。」
皆が呆然としている所に社長と万理さんが現れ、無くなったものがないか確認して欲しいと紡ちゃんに告げる。
既に警察の処理が終わっているとの事だったのでメンバーと共に事務所内の清掃にあたった。
そうしてわかったのは盗られた物は貴重品や事務所の重要書類等ではなく、IDOLiSH7の【デビュー曲のデモCD】という事だった。
CD1枚だけを盗んで行った犯人、それも彼らのデビュー曲。
幸いにもデータは残っているので支障はない、しかしその場にいた全員が嫌な予感を感じ取らない理由がなかった。
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数日後。
今日はIDOLiSH7の路上LIVEに、キヨを誘って一緒に見ている。
お客さんとして彼らのLIVEを見るのは久しぶりだった。
先日の事務所空き巣騒動による不安はまだ拭い切れてなかったが今の所まだ何事もなく、今日もこうして順調にLIVEを行えている。
始めはあまり乗り気でなかったが何だかんだいって今凄く楽しんでいる様子のキヨを横目に純粋に彼らのLIVEを楽しむ。
残すことラスト1曲となり、少し早いけれど今まで支えてくれたファンの皆に、と新曲を披露することになった。
「新曲のタイトルは…。」
陸が、そう言った瞬間。
別方向から聴き慣れた音楽が流れ出し、その音の方向を見ると高層ビルの液晶に、見知った顔が映し出された。
映っていたのは今まさに彼らが歌おうとしている【彼ら】のデビュー曲を歌っている…
「TRIGGER…。」
IDOLiSH7のメンバー達、そして紡ちゃんと私は信じられないこの状況に驚きを隠せなかった。
「何で」「どうして」「私たちのデビュー曲」
口々に呟いたが今見てくれているお客さんには状況が理解出来ない。
「どうしたんだ?」
キヨがこっそり耳打ちしてきたが上手く頭が回らず言葉を発することが出来なかった。
お客さん達が不審がる前にこの状況を早くなんとかしないといけない。
一体どうすれば、と思考を働かせているとステージに立っている彼らはもうやるしかない、といった表情でそのまま決行した。
TRIGGERの新曲に似た、否、むしろ全く同じ曲を歌う彼らをお客さんは困惑した表情で見つめ、そのままデビュー前の最後のLIVEが終わるのであった。
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数日後、IDOLiSH7は既存曲の「MONSTER GENERATiON」で小鳥遊プロダクションから正式にデビューした。
記者会見にてデビュー曲について聞かれ吃ってしまう陸をハラハラしながら見守る。
大和くんや他のメンバーの助け舟も有りなんとか無事に記者会見は終わった。
事務所に帰りミーティングをしているがやはりまだ心の整理が出来ておらず室内の空気は重い。
「本当にすみません。せっかくPVまで撮ったのに、準備した曲が使えなくなってしまって…。」
「マネージャーのせいじゃないよ。」
「TRIGGERのせいだろ。新曲、まんま俺らの曲だったし。あいつらが盗んだんじゃねぇの、何で訴えねぇの?」
「証拠が無い以上、逆に名誉既存で訴えられるかもしれません。私達のデビューにケチがつくのは避けたいです。」
一織くんの言う通り、決定的な証拠でも無いと相手が相手なので裁判で勝つのは非常に難しいだろう。
「TRIGGERのメンバー本人は、関わってないと思いたいけどな。」
その可能性は極めて低いと思うし、そもそもそんな汚いやり方はまず彼が許さないだろう。
だとしたら八乙女社長の指示?…否、あのプライド高そうな人がわざわざリスクを負ってまでする事は無いはずだ。
だとしたら…。
「ワタシは非常に悔しいです。ワタシは、皆さんに歌って欲しかった。」
“歌って欲しかった”?
「ワタシは許しません。眼には眼を歯には歯を。どこの誰かは存じませんが、ワタシを怒らせたこと死ぬ程後悔させて差し上げます。」
いつもの温厚な雰囲気とは一変し、静かに怒りを表に出すナギくん。
普段がとても優しいのでこのように怒っているのを見るのは初めてだ。
「どうした?」と三月くんが宥めているとどこからか着信音が鳴り響く。
「あっ…すみません。」
どうやら紡ちゃんの仕事の電話のようで、一言詫びるとそのまま出た。
電話の内容は分からないが彼女の顔がぱぁっと明るくなったのできっと良い内容なのだろう、電話を終えた彼女は嬉々として内容を伝えた。
「IDOLiSH7の、レギュラー番組が決定しました!…冠番組です!!」
デビューして早速大きな仕事が来て先程の暗い雰囲気から一気に皆明るくなった。
アルバムのツアーに冠番組、忙しくなりそうだ。
盗まれたデビュー曲の件はきっと解決出来そうにないけれど、今は彼らのこれからの活躍を楽しみにしていきたい。
ひとまずはデビューおめでとう、IDOLiSH7。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。