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第5話

生存
12
2021/09/21 11:07
僕はシマウマ。
「弱肉強食」で言うと「弱肉」に値する生き物だ。
僕ら草食動物は食物連鎖の弱者故に、肉食動物に怯える日々を強要されているが、ここは厳しい野生社会。喰う側も必死で生きている。そんなことは重々承知の上で、全力で逃げ回っている。
そりゃ誰だって死にたくないだろう。こちとらまだ未練たらたらなんだ。

気がつけば太陽は既に真上に昇っており、夏のサバンナを黄金色に照らしている。
そろそろお昼時だろうか、逃げるのに必死で時間を忘れていた。ふと周りを見遣ると、足元には美味しそうな草が青々と生い茂っている。仲間はそれぞれのスピードで頬張っていた。
自分も負けじと食べ進めていくうちに、一つの考えが頭に浮かんだ。“この草は、僕ら草食動物にとって大好物。だが、その僕らは肉食動物にとって単なる餌でしかない。”
今までは美味しそうだった草が、途端に味気なく見える。彼らからすれば、自分らも同じように見えているのだろうか。
胸に生まれた複雑な感情を吐き出すように、溜息を一つ。それは食事に夢中な仲間に気付かれることなく、静かに空へと消えていった。


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俺はライオンだ。
「弱肉強食」で言うところの「強食」に位置する生き物だ。
俺ら肉食動物は食物連鎖の強者故に、悠々と過ごしていると思われがちだが、実際はそうではない。確かに動物園の肉食獣はのんびり余生を謳歌しているだろうが、ここは過酷なサバンナ。明日の命さえわからない状況だ。
そんな不安に押しつぶされそうになりながら、俺ら肉食動物だって必死に足掻いて生きようとしている。

地面や肌をジリジリと容赦なく焼いていく太陽に嫌気がさしたお昼時、今日も獲物を捕まえられなかった群の一頭が口を開く。
「だめだ…当分ロクなもん食ってねぇから、シマウマの一頭も猟れねぇや…」
この日照りが続く中、草がどんどん生い茂りそれを食べた草食動物が元気になる。が、日射を嫌う肉食動物は日に日に弱くなっていた。食べるものがない、と肉食動物はこぞって草食動物の真似をし始めた。今まで踏みつけてもなんとも思わなかった草を、一枚一枚有り難くいただいているのだ。肉食動物から見れば草など食するものではないのだが、背に腹は変えられない。肉と比べて全く腹に溜まっていかないが、無いよりは幾らかマシ、と食い散らかしていく。時折鼻から抜けていく青臭さに嘔吐感が走るが、無理矢理胃に押し込んでいく。
何故俺らがこんなにひもじい思いをせねばならんのか、仲間が嘆く。俺はその言葉を胸の中で何度も何度も繰り返していた。嫌に腑に落ちる言葉に嫌悪感を抱くも、それが俺の隠れた本心なのかと肩を落とす。仲間はその様子に気づかず、一生懸命口を動かしていた。



次の昼、サバンナの大きな木の影には、片腕を噛みちぎられたシマウマの亡骸と、肋骨が浮き出るほど窶れたライオンの亡骸があった。
その両者が報われたのか、はたまた否か、それを知る術はどこにも無い。

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