第6話

『変わり始める日常③』
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2019/05/27 04:01
私は、見える世界が普通の人よりも少ない。
それは、一生消えることのないコンプレックス。

何も悪いことはしていないはずなのに、「柑奈は色が見えないから何もしなくていい」と言われるたびに、自分がとても悪いことをしているように思えて。

「すごい」とか、「ありがとう」とか……、それは私以外のためにある言葉のはずなのに。
南野柑奈
南野柑奈
私、色が見えなくて感謝されたことなんて、一回もない
北川大輝
北川大輝
なんで? 南野が持ってる、人とは違う才能のひとつじゃん。すごいよ
南野柑奈
南野柑奈
ほら、そういうところ。すごいのは、北川くんの方だよ……
南野柑奈
南野柑奈
(嫌で嫌で仕方なかったこのコンプレックスを、簡単に肯定してくれる。それが、当たり前みたいに。昨日出会ったばかりなのに、なんでこんなに何回も私の心を救ってくれるの?)
南野柑奈
南野柑奈
北川くんの絵は、見る人によって全然違うイメージを持たせるでしょ。あのぐにゃぐにゃ人間だって、怖いって感想を持つ人もいれば、骨折したばっかりの人なんかは、これなら骨を折らずに済んだのにって、うらやましくなるかもしれないよね。私が花の中に女の子を見つけたのだって、ただモノクロ症だったからで。すごいのは、やっぱり北川くんの方だと思う
北川くんは、パチパチと目を瞬かせ、すぐに顔を背けた。
南野柑奈
南野柑奈
(何か気に障ることを言っちゃったかな……)
不安になって北川くんの後頭部を祈るような気持ちで見つめると、プルプルと体中が震え出したことに気がついた。
北川大輝
北川大輝
骨折した人がうらやましがるとか……、南野おもしろすぎ
……笑いをこらえていたらしい。
北川大輝
北川大輝
南野だけだよ。俺が本当に描きたい絵を見て、否定しなかったのって
南野柑奈
南野柑奈
なんでだろうね。見れば見るほど味があるタッチなのに
北川大輝
北川大輝
褒め方独特かよ
南野柑奈
南野柑奈
(それって、辛くないのかな。好きなものを描いているだけなのに、否定される。以前の、私みたいに……。私はそれで、人前で絵を描けなくなってしまったから)
南野柑奈
南野柑奈
(北川くんは、それでも楽しそうに笑えるんだ。身動きが取れなくなってしまった私とは、正反対)
南野柑奈
南野柑奈
北川くんは、嫌じゃない? 好きな絵を描いているだけなのに、否定する人が多いのは
北川大輝
北川大輝
んー、別に。みんなと同じ、綺麗なだけの絵って褒めてはもらえるけど、すぐ興味なくされるし。それよりも、現実味のない絵を描いたほうが、いっぱい考えてもらえるっていうか。俺、目立ちたがりだしさ。否定されても、南野みたいに褒めてくれても、どっちでも嬉しいな
南野柑奈
南野柑奈
(本当に、すごい。否定されることを逆手にとって、それも全て自分のものにしてしまうなんて)
南野柑奈
南野柑奈
やっぱり、北川くんはすごいね
北川大輝
北川大輝
さっきからそればっかりだな。南野は……
と、言いかけて、北川くんは私の顔をじっと見る。
南野柑奈
南野柑奈
え、な、なに……?
北川大輝
北川大輝
南野ってちょっと言いにくいから、俺も柑奈って呼んでいい?
南野柑奈
南野柑奈
えっ!? あ、ど、どうぞ……
南野柑奈
南野柑奈
(男子に名前で呼ばれるなんて、初めてかも……)
南野柑奈
南野柑奈
北川くんは……
北川大輝
北川大輝
大輝
南野柑奈
南野柑奈
え?
北川大輝
北川大輝
“大輝”だよ、柑奈
南野柑奈
南野柑奈
大輝……くん?
北川大輝
北川大輝
うん
もしも私に色を見ることが出来ていたのなら、キラキラ眩しいこの笑顔に何色を塗っただろう。

見えない今の私は、君の大好きな赤を塗りたいと思った。

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