先日撮影したみかん狩りの動画と間違え、うっかり初期の配信を再生してしまった私。
わなわなと肩を震わせる冴子さんを前に、目の前が真っ暗になった時――
楽しそうに笑う声で、はっと我に返る。
驚いて顔を上げれば、テーブルを挟んだ向かいで弟の葵くんが笑いを堪えきれない様子で動画を見つめていた。
事態を理解できずにきょとんと瞳を瞬かせる私と冴子さんをよそに、葵くんは懐かしげに瞳を細める。
慌てるレオちんを前に、葵くんは「そうだね」とこくりと小さく頷く。
的確過ぎる指摘に思わず小さくなる私とレオちんに、「でも」と葵くんは続けた。
驚いた声を上げる冴子さんをよそに、葵くんは不器用に笑う。
そしてすたすたと私の元へ近付くと、小さな声で耳打ちした。
ぽかんとする私の耳に、ぱたんとリビングのドアが閉まる音が響く。
三人が残されたリビングには、もはや最初のような冷たい空気は流れていなかった。
* * *
駅前のコンビニで買った缶ビールをぷしゅっと開け、小さく乾杯をする。
両手で缶を包み、少し考えるように俯くレオちん。
やがて小さく息をつくと、ぽつりと言葉を紡いだ。
突然のレオちんのカミングアウトに、思わず飲んでいたビールを噴き出しそうになる。
ほんのりと頬を赤らめるレオちんの横顔に、これが現実であることを悟る。
驚きの後に訪れた感情は、まるでぐちゃぐちゃになった糸みたいに、複雑に絡み合っていて。
疲れた身体に摂取したアルコールで上手く頭が回らないこともあり、言葉が喉でつっかえた。
彼の口から語られた事実によって、私は自分の中の大きな勘違いに気付かされる。
画面の向こうで笑顔を浮かべ、いつもたくさんの人に愛されているレオちん。
そんなレオちんを推すがゆえに、私はこれまで彼をどこか人間離れした存在だと無意識に思ってしまっていたようだ。
もちろんマネージャーになってから、配信では気付かなかった彼の一面だってたくさん見て来たはずだけど――
それでもまだ、ファンとしてつい彼を崇めたくなるような気持ちになってしまうことは少なくない。
ましてや彼は学生で、まだまだ青春の延長線上にいるのだから。
家族と揉めることだってあるし、人並みに恋をすることだってあるだろう。
しばらく考えてから、私は言葉に迷いつつ口を開いた。
彼の安心したような笑顔を見た瞬間、なぜかちくりと痛んだ胸を誤魔化すように、私は残っていたビールをぐいっとあおる。
帰りの電車で座席の背もたれに全体重を預け、ふわふわとした頭の中で蘇ったのは――
『怜央なら、もう一人でも十分やっていけると思わない?』
誰かに言われた、そんな言葉だった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。