第7話

7話 胸が痛む理由が分かりません
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2022/09/12 11:00
レオ
レオ
『うわ~! 最初の画面から懐かし過ぎる!』
レオ
レオ
『あれ、画面見えない? ごめん! すぐ直すね!』
レオ
レオ
『え、うそ! 声もちっちゃい? うわ、ちゃんと準備したつもりだったのに……』
 先日撮影したみかん狩りの動画と間違え、うっかり初期の配信を再生してしまった私。
 わなわなと肩を震わせる冴子さんを前に、目の前が真っ暗になった時――
何これやば。兄貴こんなんで配信してたの?
(なまえ)
あなた
 楽しそうに笑う声で、はっと我に返る。
 驚いて顔を上げれば、テーブルを挟んだ向かいで弟の葵くんが笑いを堪えきれない様子で動画を見つめていた。
レオ
レオ
葵……もしかして覚えてるの?
当たり前じゃん。このゲーム、僕が唯一『兄貴に勝てたもの』なんだから
 事態を理解できずにきょとんと瞳を瞬かせる私と冴子さんをよそに、葵くんは懐かしげに瞳を細める。
むしろ兄貴の方がよく覚えてたねって感じ。兄貴、僕と違って昔っから人気者だもん
何でもできて、いつも周りに人がいっぱいいてさ。僕との思い出なんか、全然兄貴の人生に必要じゃないと思ってたのに……
レオ
レオ
何言ってんだよ! たった一人の弟が大事じゃない訳ないじゃん
 慌てるレオちんを前に、葵くんは「そうだね」とこくりと小さく頷く。
僕が勘違いしてただけみたいだ。そのゲームだって失くして落ち込んでた自分が馬鹿みたい
『兄貴が持ってってたなら』、そりゃ見つかる訳ないのにね
(なまえ)
あなた
葵くん……
でも機械音痴なのは相変わらずだね。マネージャーまでいるのに、よくその機材環境で配信してたね?
(なまえ)
あなた
すみません……まだこの時はただのファンで……
 的確過ぎる指摘に思わず小さくなる私とレオちんに、「でも」と葵くんは続けた。
僕は兄貴の配信、もっと見てみてみたいな
レオ
レオ
え……
……家族として、兄貴の夢は応援したいと思うし
冴子
葵!?
驚いた声を上げる冴子さんをよそに、葵くんは不器用に笑う。
そしてすたすたと私の元へ近付くと、小さな声で耳打ちした。
兄貴のこと、よろしくね
(なまえ)
あなた
(!)
 ぽかんとする私の耳に、ぱたんとリビングのドアが閉まる音が響く。
 三人が残されたリビングには、もはや最初のような冷たい空気は流れていなかった。

 *   *   *
レオ
レオ
良かったぁぁぁ……
 駅前のコンビニで買った缶ビールをぷしゅっと開け、小さく乾杯をする。
レオ
レオ
あなたさん本当にありがとう。大事にならなくて良かった……
(なまえ)
あなた
私と言うより葵くんのおかげだよ。葵くんの言葉があったから、お母様だって納得された訳だし
レオ
レオ
そうかもしれないけど……
両手で缶を包み、少し考えるように俯くレオちん。
やがて小さく息をつくと、ぽつりと言葉を紡いだ。
レオ
レオ
……あのさ、あなたさん
(なまえ)
あなた
何?
レオ
レオ
俺……実は、好きな人いるんだよね
(なまえ)
あなた
へぶっ!?
 突然のレオちんのカミングアウトに、思わず飲んでいたビールを噴き出しそうになる。
(なまえ)
あなた
好きな人って……片想いしてる相手、ってこと?
レオ
レオ
そう。その人のためにも、今ここで活動を止めることはできなくて。もっと頑張らなくちゃいけなくて……
 ほんのりと頬を赤らめるレオちんの横顔に、これが現実であることを悟る。
 驚きの後に訪れた感情は、まるでぐちゃぐちゃになった糸みたいに、複雑に絡み合っていて。
 疲れた身体に摂取したアルコールで上手く頭が回らないこともあり、言葉が喉でつっかえた。
(なまえ)
あなた
(レオちん、好きな人いるんだ……)
(なまえ)
あなた
(でも、レオちんも人間だもんね。当たり前だけど……)
 彼の口から語られた事実によって、私は自分の中の大きな勘違いに気付かされる。
 画面の向こうで笑顔を浮かべ、いつもたくさんの人に愛されているレオちん。
 そんなレオちんを推すがゆえに、私はこれまで彼をどこか人間離れした存在だと無意識に思ってしまっていたようだ。

 もちろんマネージャーになってから、配信では気付かなかった彼の一面だってたくさん見て来たはずだけど――
 それでもまだ、ファンとしてつい彼を崇めたくなるような気持ちになってしまうことは少なくない。
(なまえ)
あなた
(……でも、レオちんは『笹浦怜央』っていう、一人の人間な訳で)
ましてや彼は学生で、まだまだ青春の延長線上にいるのだから。
家族と揉めることだってあるし、人並みに恋をすることだってあるだろう。

しばらく考えてから、私は言葉に迷いつつ口を開いた。
(なまえ)
あなた
……私も応援してる。せっかく家族の承諾だって得られたんだし、これからは胸張って活動して行かないとね
(なまえ)
あなた
あ、でももちろん学業とは両立させないとダメだよ!? 私がご両親に怒られちゃうし。アハハ……
レオ
レオ
うん。ありがとう……あなたさん
 彼の安心したような笑顔を見た瞬間、なぜかちくりと痛んだ胸を誤魔化すように、私は残っていたビールをぐいっとあおる。
 帰りの電車で座席の背もたれに全体重を預け、ふわふわとした頭の中で蘇ったのは――

『怜央なら、もう一人でも十分やっていけると思わない?』

誰かに言われた、そんな言葉だった。

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