それから小一時間。結局生徒会室にて書類さばきを手伝わさせられることになり、校舎を出る頃にはすっかり日が暮れていた。
人気のない中庭を横切ろうとすると、静けさの中から妙な気配を感じる。
やや震える足に気付き、深呼吸をする。
私といえど一人の女である前に学園という名の国の秩序を守る王子だ。夜道が怖いなんて理由で真相を追求しない訳にはいかない。
まさか、例の不審者?
いくらなんでもこのタイミングで___
聞こえたのは確かに泣き声だ。
それもか細い……まるで女子のような声。
私は思わず茂みを突っ切り声の主を探す。
女子生徒がこんな時間に一人でいるなんて危険すぎる。
それこそ不審者に襲われても良いほどに。
声の主__もとい、女子生徒は涙目のままくるりとこちらを向く。
明るい茶色の髪が毛先でゆるくカールしており、想像以上の美少女だった。
咄嗟に対女子用の「王子様」としての仮面を被る。
にっこり人の良さそうな笑みを浮かべてみせると、彼女の表情が少しだけ和らぐ。
それにしても見たことの無い顔だ。
これ程の美少女、一度見たら誰でも覚えられるだろうに。
首を傾げる私のセーターの袖を、おずおずと少女が掴んだ。
彼女が私を知っていることに対して驚きは無かった。
自分で言うのも何だが、そこそこ学園内では有名人の自覚がある。
それにしても疑問なのが、彼女の存在だ。
“王子”と並ぶほどの容姿。そう、まるで姫のような─────
そこまで聞いて、さっと血の気の引く音が聞こえた気がした。
転校生で……黒川 理久? それにこの愛らしい容姿。
私の中で点と点が繋がった。
少しだけ、笑顔が硬直する。
彼女こそ…黒川 理久こそが、転校生にして最強の“姫”なのだ。
きょとんと首を傾げる姿も可愛らしい。
着実に彼女に絆されているのを肌で感じながら、軽く理久の肩を掴む。
……即答されてしまった。
さて、どうしようか。
彼女が姫で無ければここまで頭を悩ませる必要は無かった。
しかし、彼女は女の私までどうにかしてしまいそうな程の愛らしい容姿を持っている。
もし彼女が不審者に襲われたりでもしたら__?
千裕には嘲られ皮肉を言われ、そのまま千裕の役に立てなかった無能として鬼神と化した母に地獄のような責め苦を浴びせられる。
……正にバッドエンドだ。
想像だけで頭痛がしてきた。
今日この日、私が最優先で守るべきなのは姫……つまり黒川 理久ということになった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。