第3話

暑苦しいのは、太陽のせい?
43
2018/09/07 04:47
彼の後ろをついて歩くけど、足は彼の方が断然長いから、歩幅も広く追い付けない。
早歩き、というよりほとんど走る感じで後を追う。
と、彼は走る私に気づいたのか、少しペースを落としてくれた。
ほんの少しの気遣い。
もしかしたら、当たり前なのかもしれない。
でも、その細かい気配りがどうにも魅力的に思えた。
「君」
「はぁい!」
突然話しかけられて、思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。
彼は、前を向いたまま、私の方を見ないで問った。
「名前は?」
目の前の物に無頓着のような、無表情のその横顔に、なぜか惹かれる自分がいた。
「千代、です」
私は彼に見いったまま答えた。
「ちよ…よろしく、千代」
そう言った彼の顔に、笑みは全く無い気がした。
私は小さく、うん、とだけ答える。
「あなたの名前は?」
私は彼を何と呼んでいいかわからなかったから、彼にそう尋ねた。
「……好きに呼んでいいよ」
彼は少し間を置いて、そう言った。
「え?」
予想外の答えに、私は思わず声を洩らす。
なんと言って良いのかわからなくてしどろもどろしていると、彼は言った。
「君が好きな名で呼んでくれればいい」
…困った。こんな場合、どうすればいいのだろう。
こんなこと学校じゃ教えてくれなかった。
しかし、呼び名がないというのも困る。
本名は…教えてくれそうにないし。
「ね、好きなものとかある?」
しばらく思案した末、彼の好きなものの名前にしてしまおうと思った。
それなら彼も、ある程度は悪い気はしないだろう。
「好きなもの……もの、ではないんだけど」
「なになに?」
私は彼の顔を見つめた。
彼は相変わらず、前を見たまま言った。
「夕凪」
「···夕凪?」
私は思わず彼の言葉を復唱する。
「夕凪っていうのは、夕方、波風が静まり、海風と陸風とが交替する時、一時的に無風の状態になること。この辺りの夕凪は短いんだ。
一番短いときで数秒程度。素敵な時間はほんの一瞬、ってことなのかな」
それを語る彼は、どこか哀しそうな気がした。
…そうだ。思い付いた、彼の名前。
「凪、くん。凪くんはどう?」
「…え?」
彼はポカンと口を開けて、私を見た。
「あなたの名前!凪くん、どうかな?」
「凪…」
彼は再び前を向き、何かを考えていた。
…しばらく沈黙が続き、徐々に不安になってくる。
「あの···嫌、だった?」
「ううん、気に入った。ありがとう、千代。」
彼はそう言って、優しく私に微笑んだ。
初めて見た凪くんの笑顔に、私は顔が一気に熱くなるのを感じた。
扉をくぐってから、暑さは少し和らいでいたと思ったのに。
おかしい。鼓動が早まる。
凪くんを、直視できない…
なにこれ···私、どうしたんだろう···。

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