明かりがついていない家は、耳が痛くなるほど静かだった。
いつもと変わらない我が家なのに、そわそわして落ち着かない。
ここ数年、ろくに口をきいていない。
鏡を壊されてから父さんに対する不信感が募っていって、反抗期に入って──そのままだ。
今更何を話せばいいのだろうか。
ポツリと呟いた声が、がらんとした空間に反響する。
思い出すのは、家の前でため息をつく父さんの姿。
帰るのが億劫なんだろう。そりゃそうだ。こんな可愛くもない息子がいる家なんて。
「帰ってくんなよ」なんてひどい言葉をぶつけたあの日から、父さんの帰宅は少しずつ遅くなった気がする。
──このまま、帰ってこなかったら。
今までの自分の考えがひどく愚かに思える。
自分の部屋にいても、リビングにいても落ち着かず、気が付けば玄関にいた。
俺の靴しかない、無駄に広く感じる玄関。
心の中の「ぽっかり」が、家の空間にも映って見える。
鏡月が言ってた、「見る人の心で、見えるものは変わる」──その言葉が、急に実感を伴って押し寄せてきた。
虚しくなってリビングに戻ろうとしたその時。
ガチャリ、と音を立てて玄関のドアが開いた。
驚いてそちらを見ると、これまた驚いたような顔の父さんが立っていた。
最悪だ。めっちゃ待ってたと思われた。事実そうなんだけど。
気まずくなって顔を逸らす。しばらく視線を彷徨わせて、
ぶっきらぼうにそう言ってしまう。
そのまま父さんとリビングの椅子に向かい合って座るも、気まずい空気が流れ続けるだけ。
それもそうだろう。もうずっと話していないんだから。
そんな空気をどうにかしようとしたのか、父さんが口を開いた。
立ち上がった父さんを慌てて呼び止める。
多分、ここを逃したらきっともう話せない。
何故かそんな気がして、俺はもう一度父さんに座るよう促した。
不思議そうにこちらを見る父さんの顔は、記憶にあるよりもずっと老けて見えた。
目をそらしていた時間を実感して、重たい口を開いた。
巾着を取り出して机に置く。
父さんはそれを手に取り、ゆっくりと開いた。
父さんの表情が凍りついた。
口元を手で覆い、その手がかすかに震えている。
忘れてなんかいなかったんだ。
やがて、父さんは震える声でそう言った。
ぽつりぽつりと語られる真実。
父さんは、あの頃の俺の様子が、どこか現実から浮いているように見えて怖かったのだと言った。
母さんを亡くした喪失感に押し潰されて、心が壊れてしまうんじゃないかと、本気で思っていたらしい。
鏡を通して母に語り掛ける幼い俺の姿が、あまりに無垢で、あまりに危うくて──まるで、そのまま二度と戻ってこなくなるんじゃないかと、怖かったのだと。
そして今もその後悔は続いている。
それから俺が口を聞かなくなったから。
昨日はいたけど、今日家を出て行ってしまうかもしれない。
帰ったら、誰もいないかもしれない。
初めて知った真実に、俺は何も言えなかった。
父さんの目は、寂しそうだった。
ずっと嫌われてると思ってた。
俺のことなんてもうどうでもいいと、嫌いなんだと思ってた。
でも、そうじゃなかった。
そう言ってリビングを出て行く。
しばらくして戻ってきた父さんの手にあったのは。
懐かしい、あの手鏡のフレームだった。














編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。