第21話

第二十一話
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2026/03/10 09:00 更新
唯
声が……聞こえない
この世界に足を踏み入れた瞬間、いつもは聞こえてくる声。
「忘れないで」という声が、今日は一切聞こえない。
静寂に包みこまれたモノクロの世界は、いっそ不気味なようにも感じた。
水先
水先
……いこう
水先も異変を感じ取ったのか、俺の肩から降りて足早に家へと入っていく。
それでも、案内人だからか俺のペースに合わせてくれていた。
唯
(やっぱりおかしいんだ、この状況は)
嫌な予感が浮かんでくる。
付喪神はさいごの力を振り絞って人間を呼ぶと言っていた。
もしかしてもう、力が尽きてしまったのか?
何度も呼んでくれていたのに、俺がちゃんと答えようとしなかったから。
どんどん弱っていって、それで……。

不安を打ち消すように、俺も必死になって探した。
台所、洗面所、居間……。襖を開けては、そこに何もないことに徐々に焦りを感じてくる。
もういないのだろうか。もう、会えないのだろうか。
唯
どうか、返事してくれ……





──ぽちゃん。





微かに聞こえてきた水音に足が止まる。
水先にも聞こえていたようで、目が合った。

ずっと聞きたくなかった音、ずっと警戒していた音にこんなに喜びを感じるなんて。
水先
水先
こっちだ
水先の先導のもと、俺たちはまた走った。
閉ざされている一枚の襖。その前で立ち止まった水先が振り返った。

この先にいるんだ。
一度深呼吸をして、襖に手を掛ける。
唯
(大丈夫だ。……大丈夫)
そう言い聞かせながらゆっくり襖を開くと、そこは和室ではなかった。
見慣れた、見慣れ過ぎた、洋室。
唯
俺の……部屋?
ばあちゃんの家ではなく、そこは今も住んでいる俺の部屋。
ただ、家具やインテリアは、まだ小さい時のもの。

その真ん中に、喪服を着た幼い自分が座り込んでいた。
手に持った鏡をじっと見つめている。
後ろから父さんの声が聞こえてくる。
俺と水先の間をすり抜けた父さんが部屋の中へと入って来た。
喪服姿で、少しだけ背が丸まっている。

覚えてる。これは、鏡が壊される日だ。
子供の頃の唯
あ、おとうさん!
ここにいたのか。探したよ
俺に合わせてしゃがんで、小さな声で話しかけてくる。
小さな俺に向けられた父さんの顔は、疲労を滲ませながらも、蕩けるほど優しかった。
何をしてたんだ?
疲れちゃったか?
子供の頃の唯
えへへ、おかあさんにあいたくて
母さんに?
子供の頃の唯
そう! おかあさん!
唯、その……母さんはな、もういないんだ
子供の頃の唯
ううん!
子供の頃の唯
おかあさんはここに居るんだよ!
無邪気に、嬉しそうに、手にした鏡を父に見せつける俺。
唯
(……俺、こんなこと言ってたのか)
確かに母さんは寂しくなったら鏡を見ろって言ってた。一緒に居る気がするでしょって。
それを純粋に守っていただけかもしれない。
けれど、その無邪気さはこうして客観的に見ると、どこか狂気に似たものを感じさせる。
いたたまれなくなって、視線を逸らすと、その先にあった父さんは泣くのを堪える様な顔をしていた。
唯
え……
唯
父さ……
でも、父さんはすぐに笑顔を浮かべ、小さな俺に優しい声で話しかける。
そうだよな。
母さんにもらったものだもんな
子供の頃の唯
あのね、ここをみたら
おかあさんにあえるんだよ!
そうかそうか、じゃあ寂しくないな
子供の頃の唯
うん! ね、おかあさん
小さな俺が、鏡の中に話しかけた。

まるで、そこに母さんがいるかのように。
子供の頃の唯
さみしくないよ、
おかあさんがいるから
唯?
子供の頃の唯
うん、だいじょうぶ!
だって、ずぅっといっしょでしょ?
……唯!
子供の頃の唯
てをつないで、おさんぽいこうね
ゾワリとする。
無邪気な、幼い言葉。けれど、それはまるで死に引き寄せられているような発言にも聞こえた。

そんな俺の手から、父さんは鏡を奪い取った。
子供の頃の唯
やだ! かえして!
そんな俺を振り払って、父さんは鏡を床にたたきつけた。

知ってる。記憶の中で何度も繰り返し再生された場面。
でも、立ち尽くす父の表情は──俺の記憶にあった「鬼の形相」なんかじゃなかった。
唯
……!
父が浮かべていたのは、怯えと、どうしようもない悲しみに満ちた表情だった。

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