鏡月や水先の話を聞きながら歩いていると、どこからか楽しそうな声が聞こえてくる。
辺りを見回してみると、先ほどまで誰もいなかった道路わきに人影があることに気が付いた。
バイクを停めて休憩しているのか、男女二人が並んで立って、笑い合っていた。
見覚えがあった。
近づいてみると、やはり男性は先ほど店に来た“あのお兄さん”だった。
女性と話すその表情に、あのくたびれたような陰りはない。
柔らかく、幸せそうで──
彼女の目線に合わせるように少しだけ屈んで、嬉しそうに笑っていた。
誰がどう見ても、仲の良いカップルだ。
なら、この近くに付喪神が宿るという物が落ちてるはず。
探してみると、それはすぐに見つかった。
談笑しているお兄さんたちの近くにある木の根元。そこにぼんやりと光る何か。
水先の言う通り、俺がどれだけ近づいてもお兄さんたちはこちらに気付く素振りはなかった。
木の根元に手を伸ばし、光を包み込むように掴んだ──その瞬間。
後ろの方から聞こえたのは、大きなクラクションの音。
驚いて振り返った瞬間、視界が焼けるような白に包まれた。
反射的に目を閉じると、耳に届いたのは甲高い急ブレーキの音と、ドン、という何かがぶつかる重たい音。
目を開けると、目の前には木に突っ込んだドラック。
その傍らには、動かなくなった女性と、必死に彼女に声をかけるお兄さんの姿があった。
事故だ。
女性はぐったりとしたまま動かない。返事もない。モノクロの世界の中で、じわじわと女性の周りに広がるなにか。
それが血だということを理解してしまった。
そして店に来た時のお兄さんを思い出して、全てを把握してしまう。
助からなかったんだ。この女性は。
何度も何度も声をかけるお兄さんの目には絶望の色が浮かんでいた。
その色を、俺は知ってる。
お兄さんは女性を大切にしていた。
あの光景を見ただけでもわかる。大切で、かけがえのない存在。
そんな存在が目の前で失われてしまった。
お兄さんは、自分が何を失ったかをちゃんと知っていた。
その場所も、記憶も、全て。
だからこそ、あえて“ない”と言ったのだろう。
──この記憶を、見たくなかったから。
俺は自分の手元に視線を移す。
ゆっくりと開いてみると、それは華奢な腕時計だった。おそらく、彼女のもの。
フロントのガラスは割れて、針は止まっている。
傍に来ていた水先は、俺の手の中にある腕時計をそっと撫でた。
この時刻は事故に遭った時間。
この時からお兄さんも、この付喪神も、前に進めないでいる。
それが良いことか悪いことかなんてわからない。
俺だってきっと、前になんて進めていないから。
俺もずっと、あの手鏡を壊された時から進めていないから。
救急車のサイレンが近づいてくる。
泣き崩れるお兄さんと女性が救急車に乗せられるところまでを見届けた俺は、ゆっくりと目を閉じた。
……次に目を開けたとき、俺は店の庭に立っていた。
俺の手の中には、相変わらず壊れて止まった腕時計があった。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。