第22話

第二十二話
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2026/03/17 09:00 更新
唯
父さん……
見たこともない父さんの表情に、俺は動くことが出来なかった。
ずっと、怒ってばかりの人だと思っていた。

母さんが亡くなって、優しかったはずの父さんが変わってしまったと思っていたから。

けど、本当に変わってしまったのは、俺の方だったのかもしれない。
水先
水先
名前を呼ばれ、ハッとする。
もうそこには父さんも、小さな俺も、割れた鏡もなかった。
ただ一つ、ぼんやりと光を放つものが、目の前に残っていた。
唯
……今の記憶は、本物か……?
水先
水先
本物
唯
俺、ぜんぜん覚えてない……
だって、鏡を割られて……
そうだ。俺の記憶はいつだって「壊された瞬間」で止まっていた。
でも、それより前──なぜ壊されたのかという経緯は、まるで抜け落ちていた。





──わすれないで。



唯
……忘れてたのか、俺は……
ずっと付喪神が言っていた「忘れないで」という言葉。
それは、鏡を壊された記憶じゃなくて、壊される前の“真実”を指していたのかもしれない。
狂ってしまったのは、俺の方だったということを。
唯
父さん……
水先
水先
……あれに触れれば、帰れる
静かに背中を押された俺は、ゆっくりとその光に近付いて指を伸ばす。
水先
水先
唯なら大丈夫
そう言って、いつも無表情の水先が柔らかく笑った。
いつもと違う雰囲気に、なぜだか少し不安になる。
だが、俺が口を開くよりも先に辺りが白に染まった。

気が付けば、いつもの庭に立っていた。
鏡月
鏡月
おかえり
声が聞こえ、振り返る。
そこにいたのは、井戸に腰かけた鏡月だった。
鏡月
鏡月
会えたか?
唯
うん
手元を見下ろすと、何かを握っている。
ゆっくりと開くと、そこにあったのはいつも通り鏡の破片だった。

しかし。
唯
大きい……?
いつもの三倍くらいはありそうな、大きな破片だった。
近づいてきて俺の手元を覗き込んだ鏡月は、納得したように頷く。
鏡月
鏡月
おや。なるほどな
唯
なにが?
鏡月
鏡月
これまでの破片と合わせれば、
鏡は修復できるな
唯
確かに……あ、でも
俺が持っていたのは手鏡だ。
破片を組み合わせれば鏡の部分は形になるかもしれないけれど、肝心のフレームがない。
唯
フレームがない
唯
次行けば、フレームが見つかるかな
鏡月
鏡月
いや、それは無理だな
唯
え? なんで?
鏡月
鏡月
この井戸はもう、付喪神と繋がっていない
唯
つながって……ない……?
今回行った時に覚えた違和感。
聴こえない声と、弱弱しいひかり。
唯
(俺が……ずっと躊躇してたから……)
もう、付喪神の力が尽きてしまったのだろうか。
唯
どうしよう、こういう場合って、
どうしてんだ?
唯
水先、水先ならなんとかできる!?
鏡月
鏡月
できんな
唯
なんで!?
水先は案内人なんだろ?
唯
ここ飛び込めば、さっきの所に……
鏡月
鏡月
こらこら、落ち着け
唯
落ち着いてられるかよ!
井戸に飛び込もうとする俺を止める鏡月の腕を振り払う。
いつもは問答無用で落としてきたくせに、なんでこういう時は止めるんだ。
鏡月
鏡月
その井戸は付喪神とは
もう繋がっていない。
だがそれは、付喪神の力が
尽きたからはない
唯
え……?
鏡月
鏡月
おぬしはすべての破片を
回収できたということだ
唯
でも、フレームは
鏡月
鏡月
もともと失くしていないのだろうな
唯
え……?
鏡月
鏡月
はははっ
突然笑い出した鏡月に、開いた口がふさがらない。
今の流れで笑いどころあったか?
鏡月
鏡月
なぁ、おぬしは今、
自分がどんな顔をしておるか分かるか?
唯
俺の顔?
咄嗟に、手に持っていた鏡の破片を見る。
唯
……俺、怒ってんのか?
鏡月
鏡月
ふむ、怒っているように見えるのは、
おぬしが『不安』だからだな
唯
どういうことだよ
鏡月
鏡月
不安を感じているから、
焦りや疑念が『怒り』に見えている
鏡月
鏡月
私から見たら、おぬしは
寂しそうな顔をしている
唯
さみしい……??
鏡月の言葉に、もう一度鏡を見る。
さっきと同じような顔の俺がこちらを見ていた。
鏡月
鏡月
鏡は、ただ映すだけ。
けれど、“どう見えるか”は
見る者の心次第だ
唯
見る者の、……心……
脳裏に父さんの表情が浮かぶ。
ずっと鬼のように見えていた顔。
でも今は……悲しそうで、怯えているようにも見えた。
唯
……父さんと、話さなきゃ
どれが本当の記憶かわからない。
何かがすれ違っているようで心が落ち着かない。
とりあえず、父さんと話さないと。
鏡月
鏡月
あぁ。それが良いかもな
唯
預けてた破片!
あれも持って帰って良いのか?
鏡月
鏡月
もちろん。言っただろう。
あれはおぬしの物だ
唯
じゃあ、行ってくる!
鏡月
鏡月
あぁ
そう言って駆け出した俺の背中に、鏡月の声が届く。


鏡月
鏡月
おぬしなら、もう大丈夫だ

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