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第25話

第二十五話
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2026/04/07 09:00 更新
父さんと話せるようになって数か月。
家の中は、これまでのことが嘘のように明るく賑やかになった。
父さんは一応家事をしてくれていたが得意な方ではなく、特に料理はてんでダメだった。
それまではお互いにそれぞれ自分のことを済ませていたけど、役割分担してからは、父さんの分のご飯も俺が作るようになった。

そんな日々のなかでも、鏡月の店へ行くことはもうなかった。
──いや、行けなかった、のほうが正しい。
薄々分かっていた。だって、あの店は付喪神に呼ばれた人間しか行けない。俺を呼んでくれていた付喪神がもう手元にある時点で、俺はもうあの店には行けない。
分かっていたのに、ちゃんとお礼を言えなかったことが少しだけ心残りだった。



唯
(今日の晩御飯どうしようかな……
昨日はパスタだったし……
最近父さん太ってきたから
ヘルシーなものがいいか……?)
献立を考えながら、帰り支度をする。
放課後の教室は相変わらず賑やかで、部活へ向かう声、小テストの愚痴、笑い声──色んな音が飛び交っていた。
クラスメイト
今日の小テストの結果は
聞かないほうがいいか?
クラスメイト2
いやマジで聞かないでほしい。
そもそも抜き打ちでやる小テストの
存在意義が分からん
クラスメイト3
俺の鉛筆貸そうか?
クラスメイト2
またお前の鉛筆が火を吹いたのかよ
クラスメイト
あははっ、もうここまでくると
お前の鉛筆にあやかった方がいいかもな
クラスメイト2
高橋はもうあやからなくても十分だろ!
クラスメイト
そんなことないけど
クラスメイト2
やっぱ物を大切にするやつには
なんかあんのかねぇ。
こいつの鉛筆といい、
高橋の財布といい……
唯
(……大切、か)
クラスメイトの話を聞きながら、俺はカバンの中に入っている鏡に触れた。
ヒビの入った、でもちゃんとフレームにはまった手鏡。

物を大切にしても良いことなんてない。
なんて思っていた。
物はいつか壊れる。大切にしていればしていただけ、その時の傷は深いから。
だけど、物は壊れてしまっても、残るものはある。
唯
(思い出とか……なんてな)
カバンの中で鏡のヒビをなぞる。
その時、カバンを動かした拍子に、机の上に置いていたボールペンが床に落ちた。
いつかの日と同じように、転がっていった先は楽しそうに会話していたクラスメイトたちの足元だった。
クラスメイト
拾い上げたのは、高橋。財布を大事にしているあいつだった。
ボールペンを拾った高橋は、こちらを見る。
何かを言いかけて口を閉ざした高橋に、俺は近づいていく。
唯
それ、俺の。
…………ありがとう
クラスメイト
え、あ……
何だか照れ臭くなって、高橋の手からボールペンを受け取ってすぐその場を離れようとしたその時。
クラスメイト
まって、有明!
呼び止められて、足を止める。
高橋は自分のカバンをごそごそと漁り、すぐにこちらに駆け寄って来た。
クラスメイト
これ。安いやつかもしれないけど、
前に使ってたやつだろ。返しとく
高橋が差し出してきたのは、一本のボールペン。
唯
まさか……ずっと持っててくれたのか?
クラスメイト
そう。お節介かもしれないけど。
兄ちゃんに聞いたんだ。
物には付喪神が宿るって。
だから大切にしろよ、って
唯
え?
思わず顔を上げると、高橋は少し照れ臭そうに笑っていた。
唯
付喪神……
クラスメイト
そう。俺の兄ちゃん、
ちょっと事情があって一時期荒れてたんだ。
物にもよく八つ当たりしててさ。
でもある日から急に変わったんだよね。
クラスメイト
どっかで“物には付喪神が宿る”
って聞いたらしくて。
そっから少しずつ前の
優しい兄ちゃんに戻ったんだ。
本当、最近の話なんだけど
唯
(付喪神が宿るって、聞いた……?)
クラスメイト
ん? どうした?
唯
いや……付喪神のこと、
俺も最近聞いたから
クラスメイト
そうなのか!
あぁ、だから今回はちゃんと
受け取りに来てくれたんだな
唯
うん
クラスメイト
そっか
俺が話すときに少しだけ屈んで顔を見てくる。
その仕草が、鏡月の店に来たあのお兄さんの姿に重なって見えた。
もしかしたら……なんて都合の良いことを考えてしまう。
唯
(俺はもう店には行けなくなったけど、
今こうしている時も誰かが
付喪神に呼ばれてるのかな)
少しでも多くの人が救われるといい。付喪神が報われたらいい。
そう、願うことしか俺には出来ないけど。
それでも、そう思わせてくれたあの店のことを、水先を、鏡月を。
俺は一生忘れないと思う。





__







鏡月
鏡月
よすがはなくならない。
だからこそ、よすがとして存在しうる
ぼんやりとした明かりで照らされた庭。
そこにある井戸に腰かけた鏡月は、ぽつりとつぶやいた。
その場にいるのは鏡月のみ。しかし、ゆらりと揺らいだ水面に映ったのは、鏡月ではなく水先だった。
水先
水先
よすが?
鏡月
鏡月
心のよりどころだ
水先
水先
ふぅん
鏡月
鏡月
私のよすがは水先かもなぁ
水先
水先
自分自身をよすがにしてどうするの
鏡月
鏡月
はっはっはっ。
今は別個体だろう
水先
水先
元をたどれば俺も鏡月の一部。
だから結局は鏡月自身
鏡月
鏡月
私自身なら、もう少し私に
優しくても良いのではないか?
水先
水先
それはしらない
鏡月
鏡月
寂しいものだ。
……あの子の鏡に私を
少し混ぜておけばよかったかもなぁ
水先
水先
唯?
鏡月
鏡月
あぁ。あの子の鏡は、今頃幸せだろう
水先
水先
羨ましい?
鏡月
鏡月
まぁ、羨ましくないと言ったら嘘になる。
だが、それでいい
ぽちゃん、と水の落ちる音がする。
水先の映っていた水面が微かに光り始めたのを見て、鏡月は立ち上がる。










気が付けば立っていた、見覚えのない店。
その扉が開き、着物姿の美丈夫が顔を出した。
鏡月
鏡月
なにかお探し物か?



そうして、新たな縁がつながる音がする。







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