父さんと話せるようになって数か月。
家の中は、これまでのことが嘘のように明るく賑やかになった。
父さんは一応家事をしてくれていたが得意な方ではなく、特に料理はてんでダメだった。
それまではお互いにそれぞれ自分のことを済ませていたけど、役割分担してからは、父さんの分のご飯も俺が作るようになった。
そんな日々のなかでも、鏡月の店へ行くことはもうなかった。
──いや、行けなかった、のほうが正しい。
薄々分かっていた。だって、あの店は付喪神に呼ばれた人間しか行けない。俺を呼んでくれていた付喪神がもう手元にある時点で、俺はもうあの店には行けない。
分かっていたのに、ちゃんとお礼を言えなかったことが少しだけ心残りだった。
献立を考えながら、帰り支度をする。
放課後の教室は相変わらず賑やかで、部活へ向かう声、小テストの愚痴、笑い声──色んな音が飛び交っていた。
クラスメイトの話を聞きながら、俺はカバンの中に入っている鏡に触れた。
ヒビの入った、でもちゃんとフレームにはまった手鏡。
物を大切にしても良いことなんてない。
なんて思っていた。
物はいつか壊れる。大切にしていればしていただけ、その時の傷は深いから。
だけど、物は壊れてしまっても、残るものはある。
カバンの中で鏡のヒビをなぞる。
その時、カバンを動かした拍子に、机の上に置いていたボールペンが床に落ちた。
いつかの日と同じように、転がっていった先は楽しそうに会話していたクラスメイトたちの足元だった。
拾い上げたのは、高橋。財布を大事にしているあいつだった。
ボールペンを拾った高橋は、こちらを見る。
何かを言いかけて口を閉ざした高橋に、俺は近づいていく。
何だか照れ臭くなって、高橋の手からボールペンを受け取ってすぐその場を離れようとしたその時。
呼び止められて、足を止める。
高橋は自分のカバンをごそごそと漁り、すぐにこちらに駆け寄って来た。
高橋が差し出してきたのは、一本のボールペン。
思わず顔を上げると、高橋は少し照れ臭そうに笑っていた。
俺が話すときに少しだけ屈んで顔を見てくる。
その仕草が、鏡月の店に来たあのお兄さんの姿に重なって見えた。
もしかしたら……なんて都合の良いことを考えてしまう。
少しでも多くの人が救われるといい。付喪神が報われたらいい。
そう、願うことしか俺には出来ないけど。
それでも、そう思わせてくれたあの店のことを、水先を、鏡月を。
俺は一生忘れないと思う。
__
ぼんやりとした明かりで照らされた庭。
そこにある井戸に腰かけた鏡月は、ぽつりとつぶやいた。
その場にいるのは鏡月のみ。しかし、ゆらりと揺らいだ水面に映ったのは、鏡月ではなく水先だった。
ぽちゃん、と水の落ちる音がする。
水先の映っていた水面が微かに光り始めたのを見て、鏡月は立ち上がる。
気が付けば立っていた、見覚えのない店。
その扉が開き、着物姿の美丈夫が顔を出した。
そうして、新たな縁がつながる音がする。
終














編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。